十界論 ー スピリチュアルな出世の段階 – ④地獄篇 – 畜生界

畜生界とは

人間が動物や昆虫に生まれてくることはあるか?

十界論 ー スピリチュアルな出世の段階 – ③地獄篇 – 餓鬼界」の続きです。

「畜生道」という言葉のほうがよく知られているかもしれません。

何度か申し上げていますが、小乗仏教で「畜生界」というと、この世に動物になって生まれ変わってくる、というニュアンスもあり、この世のことだかあの世のことだか、今いち判然としない所があります。

因果応報というのはもちろん認められているのですが、過去世の行いが悪いと畜生(=動物)として生まれてくることもある、というニュアンスですかね。

これは仏教以前からのインドの伝統的な輪廻観も反映されているでしょう。手塚治虫の「火の鳥」を読んでいても、人間が昆虫に生まれてきたり、「何に生まれてくるかまったく予想がつかない」という輪廻観になっていますね。

まあ、「お祖父様が目の前にいるてんとう虫かもしれない」と思うと、動物(昆虫)愛護の精神も湧きやすい、というメリットはあるでしょう。

ここのところ、実際にどうであるか、をまず申し上げておきます。

現象界(この世)の肉体も、実在界(あの世)のエネルギーの表現形式のひとつです。なので、人間のエネルギーであれば、この世にも人間の肉体で生まれてくるのが原則だと思います。

原則、と但し書きしているのは、若干の例外はあるということなのですが、

一種の教育効果として、動物に生まれてくることは、例外的ケースとしてあり得るのかな、と思えます。

たとえば、過去世で「人間として生まれる有りがたさ」を忘れ去った生き方をしていたり、あるいは、あまりに生物的本能のまま人生を過ごした場合ですね、

そういう場合は、「人間としての尊厳」を観察・実感できるように、比較的、人間に近い動物に生まれてくることはあり得るように思えます。

「人間に近い」というのは、少なくとも哺乳類でないと難しいかな、という意味もありますし、また、物理的に人間に近い場所で、という意味もあります。

人間に近い場所に生まれないと、そもそも、「人間のありがたさ」を観察・実感する機会がなくなってしまいますからね。

まあこう申し上げると、「もしや、我が家のワンコは……?」なんて疑いもでてきそうですので、これ以上言いませんが(笑)。

あの世の畜生道

あの世の畜生道というのは、これも昔からけっこう有名ですよね。

これは上記のケースとは逆で、あの世で動物の格好をして暮らしている霊がいる、ということなのですが。

これはどういうことかと言うと、

「人間は自分自身が何者であるか、自分で決定していくことが出来る」という精神の自由性を持っています。しかし、この自由性を間違った方向に使ってしまうと、堕落する方向へ行くわけですね。

そして、そうした精神のありように相応しい姿・カタチに変化してしまう、ということがあります。

たとえば、

  • 人を騙す心:キツネ
  • 執念深い心:蛇

といった具合です。

こう言うと、キツネと蛇に申し訳ない気もするのですが、これはむしろ、人間がキツネや蛇に抱いているイメージに基づいていると思いますね。

童話などでも、人を騙す役としてキツネが登場してきたり…そうした記憶が作用しているのだと思います。

なので、よく、「あなたには動物霊が憑いています」と言われた場合、

本当に動物の霊であるというよりも、「元・人間」と申しますか、畜生道に落ちて動物の姿形に変化した霊存在に憑かれているケースが多いと思います。

波動理論から言えば、そうした霊存在と同調してしまう心の波動を発しているので、結果、憑依されてしまう、ということですので、

このケースではむしろ、「動物霊に憑依されているから体調が(運勢が)悪くなっている」という方向ではなく、「生存欲求のままに自分は生きているのではないか?」という内省ですね。

このように心のあり方を振り返って修正をしていく。そして、心の波動を切り替えていく方向が王道スピリチュアルの対処法であるのは言うまでもありません。

この畜生道の近所に有名な血の池地獄などがあると思います。

近所というのは、つまり、「生物的欲求、本能に突き動かされるままに生きてしまった」という共通点があるから、ということになります。

地上に生まれてくると、当然肉体は持っていますので、肉体に基づいた欲求は避けることができません。

むしろ、そうした欲求があるからこそ、地上生命を維持できますし、また連綿と現象界を存続させていくことができます。

ここのところ、

ここ2千数百年の宗教史では、

  • 地上=悪
  • 欲望=悪

と極端に否定的に捉える向きが多いですし、これを読んでいる読者のなかにもこうした考えに苦しんできた方もいらっしゃると思います。

ただ、この極端な部分は今後、修正が必要かな、と思います。

欲求や欲望そのものは現象界に生きていくため、現象界を存続させていくために必要なものです。これはむしろ神仕組みであると言えます。

しかし、

  • 本来、人間は精神エネルギーとしての存在である、という尊厳
  • 現象界を魂(心/精神)を高めていく機会として使う

ということを中心に据えて、欲望/欲求部分を適正範囲に整えていくという調整論ですね。

ここでも、やはり中道が大事であろうと思います。

続き→「十界論 ー スピリチュアルな出世の段階 – ⑤地獄篇 – 地獄界

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