守護霊の真実 – 基本編

守護霊とはなにか

スピリチュアルのサイトでありながら、ここ最近、スピリチュアルなことを書いていないので、たまには書いてみます。

守護霊については、スピリチュアリストによって、ずいぶん定義が違うようで、昔から、「守護霊はあなたが飼っていた犬です」とか(笑)、

「○代前の先祖の◯兵衛さんが守護霊しています」とか、あるいは、「龍を守護霊にしましょう!」とか、いろいろ賑やかではありますね。

これは、守護をする霊人=守護霊、という簡単な図式から言えば、賑やかになってしまうのは致し方ないことなのかな、と思います。

ただ、現実に、私が認識しているところの守護霊ですね、これは、デフォルトで地上に生きている人間を守護している存在、ということになりますが、

そういう意味に絞って言えば、伝統的に言われている守護霊とはまた違った存在である、というふうに認識しています。

以前、人間の本質は「アイデンティティをもったエネルギー存在」と書きました。

また、地上に生まれる場合は、全エネルギーが地上に転生してくるわけではなく、全エネルギーの10分の1程度が肉体に宿って生まれてくる、とも書いたことがあるかと思います。

*もっとも、霊格によってエネルギー量が違いますので、一概に○分の1というわけではありません。あくまで一般的にはこのくらいかな?という目分量です。

それでは、残りの10分の9はどうなってるのか?という話になりますが、この残りの部分は実在界(あの世)に残してくるのですね。

そして、この残りの部分が地上に生まれている部分の守護をしている、という構図になっています。

これは、心理学的には「潜在意識」とも呼ばれていますけどね。要は、地上的な感覚=表面意識をぐぐっと掘り進んでいくと、潜在意識に潜り込んでいくわけで。

潜在意識と言っても、多くの人と共有している集合意識のようなものもありますが、あくまでその個体に絞り込んだ範囲での潜在意識、ですね。この個体としての潜在意識の領域が「守護霊」をしている、というのが私の認識です。

ただし、10分の9(という比率を前提にして話を進めますが)の領域全部が地上に生まれている10分の1を守護しているわけではなく、またその中の一部が守護霊として機能している、ということになります。

こう、エネルギーの◯分の1、とか書いていると、なんだか無個性のエネルギーのように聞こえますが、

前提に帰ってもう一度申し上げますと、「アイデンティティのあるエネルギー存在」ですので、実在界に残してきている存在も当然、アイデンティティ=個性があります。

これがひらたくいえば、「過去世」ということになるのですけどね。

なので、ひと言で簡単に言えば、
「守護霊は、自分の過去世のなかのひとりが担当している」
ということ
になります。

守護霊には選手交代がある?

過去世が複数あるのであれば(まあ、普通そうなんですが)、その中の誰が守護霊になるのか?という疑問がでてきますね。

答えから先に言ってしまうと、「地上に生きている人の、その時々の関心領域によって選手交代(=守護霊交代)がありうる」ということになります。

転生の過程ではいろいろなことを学んだり、仕事にしたり、趣味にしています。あるときは芸術であったり、あるときは公務員だったり…まあ挙げればキリがないですね。

そして、地上の人間がたまたまある時期に芸術に関心をもった際は、やはり、公務員(元、ですね)が守護霊をしているよりは、やはり芸術家が守護霊をしていたほうが効果は大きいですよね。

まあ、効果を狙って、というよりも、自然に引き寄せられるように守護する存在が変わる、と言ったほうが実態に近いかもしれません。

守護霊は万能か?

ここまで書いてくればだいたいおわかりかと思いますが、守護霊は万能ではありません。自分自身の過去世の一人ですので、やはり能力には限界があります

と言っても、肉体を持っていない分、視界・視野がクリアなのは事実です。

地上に生きていると、どうしても肉体という意識、自我意識ですね、この影響が強く出てしまい、物事の真実を見抜く・見渡す能力が落ちた状態になっています。

だからこそ、「自我意識を去る」という「無我」の瞑想や実践が仏教では重んじられるわけです。

また、キリスト教的に言えば「隣人愛」ということになりますが、仏教的に言えば「利他」や「布施の精神」ですね。

こうした愛他・利他の実践も、「自分さえ良ければ」という自我意識を打ち破っていく契機になりますので、

より視界がクリアになる=自分自身が真理に近づいていく=霊格が高まる、という、ほんとうの意味での「ご利益」があるのです。

話を戻しますが、まあ分かりやすくイメージ的に言えば、ある風景を見るとしますね。

自分が地面にたって風景を眺めているのに比べて、守護霊のほうは3階建ての屋上から風景を眺められる、くらいの違いはあるのかな、と思います。

元は同じ魂であっても、そうした認識力の差はあります。

守護霊はいつも守ってくれるか?

これはですね…、霊格によっても違ってきますし、地上に生きている人間の意識によっても変わってきます。

霊格によって、というのは、要は霊的な悟りが高めれば、「地上の意識も霊界にある意識も一体である」という認識が進みますので、文字通り、一体感が強まるわけですね。

ここのところは、当サイトでよく引用している言葉、「一即多多即一(いっそくたたそくいつ)」と言い換えることもできます。

つまり、「個々の存在としては多様性がありながら、同時に全体として一つという認識を持つことができる」ということですね。

これはけっこう高度な認識力で、実は禅などの瞑想も本来はここの境地を目指していたのですけどね。

「霊的である」とか「悟り」というのは実際はこうした認識の高まりのことであるのですけど。これが時代を下って、だんだんに、座る作法が大事、とか。

あるいは、「ただ座る、とにかく座る」といった形式主義に流れていきました。

まあ、内容がわからなくなると、カタチにこだわるようになる、というのはどこの世界でも一緒ですね。

霊格による、というだけでは何だかやる気をなくす感がありますので、さらに付け加えておきますと、さきほど言いかけた「地上に生きている人の意識」という面もあります

これはひらたく言えば、「普段づきあい」ということになります。

これ、自分が守護霊の立場にあることを想像してみれば、なんとなくおわかりかと思いますが、

守護しても守護しても、サッパリ感謝してくれない、とか、意識すら向けてくれない、ということであれば、だんだんやる気が無くなってきちゃいますよね。

ところが、霊能力のあるなしに関わらず、「守護霊様、ありがとうございます!」「守護霊様、この問題についてはどのように考えたらよろしいでしょうか?」という感じで。

常に感謝し、意識を向けてくれれば、守護霊甲斐(?)もあるというものです。

まあ、「常に」「しょっちゅう」というわけにはなかなかいかないでしょうし、

逆に、「常に」の状態になってしまうと、「依存している」「かえって地上の経験値を積む機会を失ってしまう」ということで、逆に距離をとられることもあるかもしれませんけどね。

目安としては、一日に一度でいいので、守護霊に気持ちを向け、感謝の思いを持つことは大事かと思います。

あとは、守護霊、というか、その人の魂の個性も影響してきます

やたらと面倒見の良い人であれば、守護霊もやはり面倒見の良い性格であるでしょうし、「任せて失敗させて学ばせる」が信条の人(笑)であれば、守護霊も、「まあ失敗してみなさいよ」というタイプである可能性が高いです。

今回は、「守護霊の真実 – 基本編」ということで、概論を書いてみました。

概論、といっても、これで十分すぎる知識ではありますので、しっかり押さえておいたほうが良いです。

ただ、ここまでの「基本編」は私以外でも書ける人はいらっしゃるかもしれません。

次回は、この先、ですね。

ここ数年で新たに発見したこと、を書いてみたいと思います。

続き→→ 「守護霊の真実 – 新発見編

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