前回までの復習
さてさて、また前回の続きです。
前回までの2記事を簡単にまとめてみますと、
- 人間の本質は、「アイデンティティのあるエネルギー存在=実存エネルギーである」。肉体がなくなると、エネルギーだけの世界へ移行することになり、それが「霊界」と呼ばれている。霊界の存在を前提にすると、生き方を考え直さざるを得ない。
- エネルギーは一定の波動を発しており、波動が似通った者同士が「世界」を作り上げている。これがいわゆる、天国と地獄であり、また、天国と地獄のなかでも、多くの階層構造になっていて、かつ、縦割り(=趣味・趣向・価値観によって棲み分けている)の構造もある
ということでした。
地獄に落ちたら、永遠の業火に焼かれる??
これはキリスト教でよく言われることですね。
「イエスを信じれば、天国へ、信じなければ地獄へ」ということで。
ちなみに、「じゃあそもそもイエス(キリスト教)に出会うチャンスがなかった人には不公平なのでは?」という問いに対しては、
「そういう人は、煉獄(れんごく)という中間領域に赴き、そこでイエスを信じれば、あらためて天国へ行くことができる」とか、なんとか。
まあ、天国はもちろん良いとしても、いったん地獄へ落ちたら永遠にそこにいなければいけないのか?というのは、かなり酷ですよね。
また、この「酷さ」が一種の不公平感になって、「天国も地獄も信じられない」という価値観を生んでいる側面もあるでしょう。
では、真実はどうであるかというと、
これはですね、「波動理論」によって解決できるんです。
つまり、一定の波動を持ったスピリット(霊存在)同士が、ある世界を作り上げている、ということでしたよね?
そうであるならば、自らの波動を変えてしまえば、そこの世界には居られなくなる、脱出できる、ということになるわけです。
たとえば、修羅地獄(しゅらじごく・怒りが心の癖になっている人が赴く世界)に落ちてしまったとしても、心の内観を行って、波動の修正を図っていけば、脱出できることになります。
要は、「地獄とは合わないような精妙な波動へ切り替えていく」ということですね。
そして、波動を精妙なものに変えるためには、生前の自らの思いと行為を振り返って、内省すべきところは内省していく、ということが大事になります。
これが王道の「波動調整」です。
ただ、生前にまったく真理に触れたこともなければ、こういうことにも気づきませんし、そもそもどうやって内省したら良いのか分かりませんので、地獄から脱出するのにかなりの時間がかかるということになるわけですよ。
そういう意味で、生きている時に(肉体を持っている時に)真理に触れておく、少しでもいいから知識を得ておくことがいかに大事か、お分かりかと思います。
また、神々や天使たちも地獄をそのまま放って置いているわけではなく、数多くの天使たちが地獄へ赴いて、説得を続けていたりします。
これ、けっこう難しいことで。
波動が合わなければ同じ世界にいられない、という理論からすると、「では、天使がなぜ地獄へ赴くことができるの?」という疑問が出ますよね。
これはですね、まあ一種の潜水服といいますか、そういうものを纏って降りていくわけですね。
海へ潜る時に、潜水服を着るのと同じことです。
あるいは、そもそも、「なぜ、色々な階層出身の人が地上で暮らしていくことが出来るか?」という秘密もここにあります。
つまり、「肉体」という一種の”潜水服”を着ることによって、「現象界(この世)」という場に一堂に会することができるわけです。
こういう原理になっています。
菩薩界への修行にもなる
今回もかなり大事な話しをしています。
現代のお坊さんも牧師さん・神父さんもこういうことが説けません。なので、彼らに相談しても、本当の意味での宗教的な救済力を得ることが出来ないんです。
理解できていないから、お経を読経してもほとんど効きません。
これを読んで理解したあなたのほうがよほど、救済力が大きくなっていることになります。
なので、今回のお話は自らのためにもなりますし、あとは、家族・知人・友人などで、「迷っているのではないか?」と心あたりがあるのであれば、
心のなかで話しかけて、説得をしてみる、ということが有効になります。
*ただし、先祖供養などはあまりやりすぎないほうが良いです。つてを辿って、どんどんやってきてしまいますので、「母親だけ」とか、順番に丁寧にやったほうがいいですね。
あとは、本当は、今生きている家族・友人・知人ですね。
生きているうちに知っていることが一番、大事になります。
「知は力なり」というフランシス・ベーコンの言葉がありますが、
「真理を知った」ということによって、今の人生をより実りのあるものへ変えていくことができるわけです。
また、こういう真理を伝えていくことが、天使(菩薩)の修行にもなるわけです。
これはですね、、この世の仕事とは比べ物にならないほどの価値があるんです。
この世の仕事は、一言で言えば、「この世で生きていくための利便性に奉仕する」ということですよね。
車の営業でも、化粧品の販売でも、なんでもそうです。
医者であっても、この世の肉体を直していく、ということで、これはもちろん価値の大きいことですが、
「人間の本質部分であるエネルギー存在についての真実を伝えることが出来る」というのは、現象界(この世)と実在界(あの世)を貫いた原理を持つものですので、相当な価値がある、ということはお分かりかと思います。
実際に、実在界においても、階層の上の部分、つまり、天界の上段階から菩薩界の世界の住人は、本当に宗教家・思想家などの人口が多いと思われます。
それはそれだけの価値があることをやったということで、仕事の質×仕事の量が評価されているわけですね。
続き→「人生の意味とミッションって何だろう? –④なぜ輪廻しているのか?」