「般若心経」の悟りを超えて – ②ハラミタのミタ

心髄、精髄

蜜多か蜜か?

前回は、タイトルの「摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみたしんぎょう)」のうち、「摩訶般若(まかはんにゃ)」の解釈までをやりました。

今回は、「波羅蜜多心経(はらみたしんぎょう)」の部分です。

摩訶般若波羅蜜多心経

読み:まかはんにゃはらみたしんぎょう
*太字は高田

本稿のタイトル、「ハラミタのミタ」は、なにやら「家政婦のミタ」っぽいですが、なんとなく語呂が良いのでそのようにしただけです。すみません…。

さて、

「波羅蜜多」は、「波羅蜜」と表記することもあり、まあ漢訳語ですので、どちらが絶対正しいとは言えないのですが、

もとのサンスクリット語が「パーラミター」ですからね、音写としては「波羅蜜多」のほうが音的には近いでしょう。

般若心経では、「般若波羅蜜多」のほうを採用しています。「はんにゃーはーらーみーたー」って読経しますよね。

また、後述する「六波羅蜜(ろくはらみつ)」においては、「波羅蜜」と表記するケースが多いかと思います。

「パーラミター」は、文法の解釈により、

  1. あちら側に至った状態
  2. 最高のもの、最勝の状態

のどちらかに訳すことができるようです。

それぞれ、

  1. 到彼岸
  2. 完成

というふうに翻訳されてきました。

これはどちらの翻訳を採用しても、味わい深いものがあります。

つまり、「プラジュナーパーラミター(ハンニャハラミタ)」とつなげてみると、

「1.到彼岸」をベースにすれば、「智慧によって(悟りの)彼岸に至る」という解釈になりますし、「2.完成」をベースにすれば、「智慧の完成」という意味になります。

こういってはなんですが、私としてはどちらの解釈でも良いと思っています。本稿ではとりあえず、後述しますが「完成」の訳語でいきたいと思います。

摩訶般若波羅蜜多心経

読み:まかはんにゃはらみたしんぎょう
*太字は高田

さて、それでは、そもそも「般若波羅蜜多(=プラジュナーパーラミター)」とは何であるか?

仏教には六波羅蜜(ろくはらみつ)という修行方法がありまして、文字通りそれは「六通りの修行/修行課題」ということなのですけどね。

なので、「般若波羅蜜」以外にも、「〇〇波羅蜜」といったカタチで、あと残り5つあることになります。

ここの六波羅蜜については、お経の本文でも出てきますので、そのときにあらためて解釈してみます。

とりあえず、「般若波羅蜜」は「智慧の完成」という意味になります。

もちろん、前回お話したように、智慧と言っても分析的な知性ではなく、総合的・霊的知性という意味での智慧です。

心経は、こころのお経か?

般若心経が日本で人気がある多くの理由の一つとして、意外に、「般若心経はタイトルに<心>が入っているので、心の教えを簡潔に説いたお経」と理解している人が多い、というのもあるのかもしれません。

まあ、「心」というとそれこそ無限大に意味を拡大していくこともできますので、「心の教えです」と言われると、「そういう側面もあるかもですね」と反対できないのですけどね。

コンビニでもよく自己啓発本が並んでいますが、日本人はどこか「ライトなこころの教え」が好きですよね。

また、原語のサンスクリット語に戻って考えてみましょう。

 般若波羅蜜多心経=プラジュナーパーラミター・フリダヤ

でしたね。

ということは、

「フリダヤ」が「心」と漢訳されていることが分かります。

「フリダヤ」とは元来は「心臓」という意味なので、ここから様々な意味が派生しているのですけどね。

また、密教の時代に入ると、この「フリダヤ」が「密呪(みつじゅ)」、いわゆる真言ですかね、これと同義に扱われるようにもなってきます。

大きくは、「フリダヤ」を

  1. 心髄(しんずい)
  2. 密呪(みつじゅ)

のどちらととるか?で、般若心経というお経の解釈そのものがずいぶん変わってきます。

結論から申し上げると、私は、フリダヤ=心髄、という捉え方でよろしいかと思っております。

なので、「プラジュナーパーラミター・フリダヤ」とは、「般若波羅蜜多の心髄」ということで、

経題(タイトル)の「摩訶般若波羅蜜多心経」とは、つまりは、「偉大なる般若の智慧の心髄、エッセンス」となりますね。

密教系の方が書いた解釈本では、古くは空海の『般若心経秘鍵(はんにゃしんぎょうひけん)』もそうですが、「般若心経は密呪=真言を説いたお経なんですよ」、と解説していたりします。

密教僧の立場としては当然の解釈ですし、また、お経の後半に有名な「ぎゃーてーぎゃーてー」がありますからね、当然、有力な解釈ということになります。

これは本当のところを申し上げると、

「般若心経」というお経の作成意図としては、「膨大な般若経のエッセンスを短くまとめて、世間に広く流布させましょう」ということだったのですが、

この「広く流布」の目的のために、当時流行しつつあった「密教/真言もとりいれましょう」ということになったのですよ。

なので、般若心経の後半部分は、木に竹を接いだような、というとあれですが、いきなり教えの重点が「実は真言にあるのです」というふうに転換していっているわけです。

ここのところは。「ぎゃーてーぎゃーてー」のところでもう少し詳しく見ていきます。

前回と今回で、経題(お経のタイトル)、「摩訶般若波羅蜜多心経」までを解釈いたしました。

般若心経というお経は、般若経のエッセンスというだけではなく、本文中に仏教の主要な用語がたくさん散りばめられています。

それこそ、釈尊の原始仏教の時代から、大乗仏教末期の密教まで、を網羅していますので、260文字の短いお経を読誦することによって仏教の全景を見渡すことができる、というメリットがあります。

「八万四千の法門がある」という膨大な仏教のエッセンスを短時間で概観することができるわけです。

では、次回から本文へ入っていきます。

続き→→「般若心経」の悟りを超えて – ③観自在菩薩と観世音菩薩

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