十界論 ー スピリチュアルな出世の段階 – ⑥天国篇 – 人界

人界とは

十界論 ー スピリチュアルな出世の段階 – ⑤地獄篇 – 地獄界」の続きです。

今回から十界論の後半、天国部分に入っていきます。

人界は、「人間界」ということで、文字通り、人間的な属性が主流な世界ということになります。

ただ、例のごとく、もともとの小乗仏教の「人界」は私たちが今、生きているところの現象界(地上世界)を指しているニュアンスがあります。

前回と話題が重なりますが、

十界論が優れているところは、「現象界の心境と、実在界の住む世界はリンクしている」というところにあります。

そうすると、スピリチュアル趣味的な話にとどまらず、

十界論そのものが、実際に霊格向上の目標を立てたり、心境の進捗度合いをチェックしたり、内省の目安になったり、

…この現象界で今回、人生を送るにあたり、収穫の最大化を図るのに非常に便利な指針となります。

人界は一応、天国領域に入ると思いますが、しかし、少なくとも二段階くらいには分けて考えたほうが良いかな?と思えることろがあります。

人界下段階 -「死後、まず赴く世界」としての人界

この世(現象界)での生命を終えると、魂は肉体を抜け出して、あの世(実在界)へ移行することになります。

ただ、死後すぐには、実在界のどの場所に住むのか?決定できませんし、そもそも、今までずっと現象界に暮らしていましたので、まずは実在界そのものに慣れていく(思い出していく、とも言えます)必要があります。

なので、とりあえずは、「一時保留」的な世界ですね、キリスト教で言う煉獄(れんごく)などは若干、ニュアンス的に近いのかもしれませんが、そういう世界があります。

日本ではむかしから言われているように、「三途の川」を渡って、この世界に赴くとされています。

三途の川というのは、日本人に分かりやすいように視覚的・感覚的に翻訳されている光景なのですけどね。

川がそもそも少ない国、地域ではまったく別の風景が見えることになると思います。

ゾロアスター教では、「チンバット橋」と言いまして、天国への橋がかかているとされています。

生前の罪の多さ/少なさによって、橋の幅が変わっており、まあ罪が重い人の場合は、橋の幅が糸のようなものになってしまい、下の地獄へ真っ逆さまに堕ちていくと。

こういう風景になっているようです。

これらの風景は、実際にある/ない、というよりも、

  • 現象界と実在界の境目があるということ
  • 現象界での生き方が実在界で赴く場所を予想させる

という一種の、「象徴」ですね、翻訳されてそのように視えているわけです。

三途の川を渡った後は、「今後、どの世界に赴くか?」というお裁きが始まることになると言われています。

「浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)」と言いまして、これはどんな鏡かというと、生前の思いと行いがまるごと映し出されるわけですね。

人間というのは、なかなか客観的な自己評価がむずかしいもので、つい、自分に有利なものの見方をしてしまいます。

ところが、鏡に映し出されることによって、はじめて、「客観的に自分はどうであったか/周りからどう見えていたのか」ということが分かります。

もっとも、「ぜんぶ映し出される」と言っても、生前の人生と同じ長さで、となると、膨大な時間がかかりますし、そもそも、この世とあの世とでは時間の感覚がまるで違います。

いわば、「ここがポイント!」的な映像ですね、自分のこころに良きにつけ悪しにつけインパクトを感じたところの心象風景、そうした、いわば「ベスト盤」的な(?)映像を見ることになると思います。

このように客観的に振り返ってみると、だいたい、自分にふさわしい世界がどういうところか分かりそうなもので。

それでも、納得できない人のために、むかしから言われている閻魔大王ですね、いわば、裁判官的な役割をしている人が立ち会うことになると。

こんな感じだろうと思います。

人界上段階 -生存欲求に基づいて生きた魂が住む世界

上記の「一時保留場所」的な人界のほかに、居住地としての人界もあるでしょう。

ここは、天界、いわゆる狭義の「天国」と呼ぶほどではないけど、さりとて、地獄というわけでもない、という世界です。

仏教では、天界へ還るための方法論として、施論戒論生天論(せろんかいろんしょうてんろん)を説いています。

  • 施論:施しをして(=善いことをして)
  • 戒論:戒めを守れば(=悪いことをひかえれば)
  • 生天論:天界へ生まれることができる

という、現代人が聞くと、「そんなバカな!」的な、超シンプルな説法です。

しかし、いくら馬鹿げたように感じられようと、こちらのほうが真実です。

なので、人界というのは、とりあえずのターゲットとしての天国(天界)までは至らない世界、ということになります。

つまり、

自我が出やすい現象界(この世)で、「施しをして戒めを守る」というのはシンプルでありながら、意外に難しいことで、これはやはり一定レベルの精神性をクリアしていることになります。

物理世界に生きながら精神性に目覚めていた、ということでこれはやはり結構なレベルなのですね。それゆえの天界です。

ここのところをテコに考えると、人界がどのような世界であるのか?逆に想像がつきます。

つまり、人界は、

  • 地獄領域に行くほどではないけど、精神性の目覚めが不十分だった
  • 肉体的自我の命ずるままに生きてきた

人々が住む世界、ということになります。

それでも、地獄領域に比べれば、ずっと明るい世界ですし、人界といってもその中でまた色々な段階がありますので、天界に近づけば近づくほど、より天国らしい風景になっていくのは当然のことです。

ただ、そうは言っても、「帰還の目標とすべき世界」というほどではないと思いますので、少なくとも、「天界に還ること」を目標にしたほうが良いかと思いますけどね。

続き→→「十界論 ー スピリチュアルな出世の段階 – ⑦天国篇 – 天界

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