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メシアとは何か? – ユダヤ教とイスラム教がイエス・キリストをメシアと認めない理由

メシア思想

今回は、個人の幸福とか悟りについてのお話ではなく、若干スケールアップしたお話になります。

「イスラム教とか関係ないやー」と思われるかもしれませんが、

やはり同じく地球の磁場に住んでいる者として、日本や日本に住んでいる私たちの未来にも関わり合いのあることなんです。

ネオ仏法では、「個人の悟り・認識力の向上」ということの他に、「地球レベルでのスピリチュアル・思想・宗教の関係性を明かし、その対立する根拠を崩していきたい」という願いがあります。

*参考記事:ネオ仏法とは?

こうしたことは多くの人の念が集まることによって成就しやすくなりますので、まずは、「なぜこうした対立があるのか」を知ることによって、「対立をなくそう」という集合想念に変えていくことができれば、世界への貢献の一端になるのではないか?と思うんですね。

日本人は、概してあまり中東圏には関心がありませんが、世界の紛争地図を見ると、イスラム教VSキリスト教の構図がかなり大きい、というのは、テロ事件などを概観してもなんとなくお分かりかと思います。

このイスラム教VSキリスト教の構図がいかにして出来上がっているのか?ということについては、十字軍以来の因縁もあったりして、いくつかの論点がありますが、今回は、「メシアとは何か?」とう視点から書いてみますね。

”メシア”は「油を注がれた者」イコール”王”を意味する

キリスト教は、旧約聖書を文字どおり、『聖書』としていますので、ユダヤ教を母体に成立した宗教です。

また、イスラム教では、”アブラハムの宗教”の文脈で「ムハンマドが最後にして最大の預言者」としていますので、流れとしては、ユダヤ教を母体にしているわけです。

そういう意味で、イスラム教とキリスト教は、兄弟宗教であると言えますね。

*ちなみに、キリスト教はイスラム教をまったく認めていないですが、イスラム教の方はイエスを「預言者の一人」として認めています。

ユダヤ民族の歴史を(世界史の復習になりますが)ざっくり振り返ってみると、下記のようになります。

  • ユダヤ民族の始祖アブラハムの子孫がエジプトに移住
  • 紀元前13世紀にモーセが出エジプトを果たした
  • モーセを継いだヨシュアがカナンの地(パレスチナ)に侵入→12の部族へ
  • 紀元前11世紀後半に、サウルがイスラエル王に
  • 2代目のダビデがイスラエル王国を名実ともに完成
  • 3代目のソロモン王の時代に最盛期を迎える(ソロモンの栄華)
  • 統一イスラエル王国が、北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂
  • 北イスラエル王国がアッシリアによって滅亡
  • その後、アッシリアを滅ぼしたバビロニアによって南ユダ王国は滅亡(→バビロン捕囚)
  • バビロニアはペルシャ(アケメネス朝)によって滅亡(*ペルシャ帝国の統治下で聖書が編纂され始める
  • アレキサンダー大王によってペルシャは滅亡
  • その後、ユダヤ人は、プトレマイオス朝エジプト/セレウコス朝シリア→古代ローマ帝国の版図で暮らす
  • イエス誕生

と、おおまかにはこんな流れですね。

今回のトピックで大事なのは、下線を引いているところ、つまり、サウル→ダビデ→ソロモンのイスラエル王国(統一イスラエル王国)のところです。

サウルが王になった時に、「頭に油を注ぐ」という儀式が行われまして(「サムエル記」)、ここで、サウルはイスラエルの初代の王とされたわけです。

そして、2代目のダビデのときに、「即位式の時に、頭に油を注がれて、王(=神の子)になる」という図式が確立します。

ダビデ

ここのところですね、「頭に油を注がれた者」というのが、ヘブライ語で”メシア(Messiah)”であって、後世、ギリシャ語では「クリストス」と訳されていきます

*厳密には、ヘブライ語では”マシーアッハ”ですが、(イエスも使用していた)アラム語では”メシ−アッハ”となります。

そして、この「クリストス」が各国語でいろいろに変形して、日本語では「キリスト」になっているわけです。

ここが重要なところです。

つまり、

”メシア”というのはユダヤ的文脈から言うならば、「頭に油を注がれた者=ユダヤの王」ということになり、イスラエル民族を政治的・軍事的に指導し、かつ、実績を上げられる者、という理解になっているのです。

それがまた、すなわち、神の子でもあると。

もっとも、モーセをメシアの予型と考えるのであれば、メシアには”王”という意味以外にも、宗教指導者としても側面も期待されているのは事実です。

ただ、ユダヤ・キリスト教の文脈で”メシア”という場合、もっとも典型的なのはやはりダビデでしょう。

実際、「ダビデの子」とか「ダビデの若枝」などの表現が王としてのメシアを表すようになっていきました。

宗教指導者としての資質がまったくなかったソロモン王とは違って、ダビデにはバトシェバとの不倫など、多少の汚点はあったものの、「神の御前における悔い改め」など宗教的資質がみられます。

しかし、たとえば、(結果的に)ユダヤ民族を新バビロニアから解放したペルシャ帝国のキュロス2世を”メシア”と言及する例があることから分かるように、

”メシア”のトータルな意味としては、やはり、ユダヤ民族を解放・独立へ導いてくれる”王”としての資質が期待されていたと解するべきでしょう。

*参考文献:『メシア思想 – 救世主預言の起源と展開 』(尾山令仁著)

メシヤ思想

逆に、宗教的資質だけでは、あくまでそれはメシアではなく、”預言者”止まりということになります。

この文脈で考えてみて、初めて、「なぜ、ユダヤ教やイスラム教はイエスをメシアと認めないのか?」という理由の一端が分かります。

つまり、民衆はイエスに「イスラエルの王」になって欲しい、そして、ユダヤ民族を再び独立まで導いて欲しい(まさしく”メシア”)という希望があったわけですが、イエスは政治的指導者にはなれず(ならず)、心の王国としての神の国の説法が中心であったわけです。

もちろん、やがて来る「神の国の到来」は、エルサレムの再建という意味合いはあったわけですが、少なくともイエスは同時代においては、政治的指導者としての振る舞いは皆無でありました。

むしろ、「カエサルのものはカエサルに。神のものは神に」というふうに、政教分離的なスタンスをとっていました。

民衆の側からすれば、これに対する失望が少なからずあったということですね一向にメシアの要件を満たしてくれないという。

心の王国

「ユダの裏切り」も、「先生が簡単に十字架にかかるわけがない。メシアであるならば、何らかの奇跡が起こるはずだ」という”試し”の気持ちがあったのだろうと思います。

ムハンマドのほうが”メシア”の要件を満たしていた!?

一方、イスラム教の立場から言えば、イスラム教の開祖であるムハンマドは、一時は迫害から撤退(ヒジュラ)しましたが、最終的には、メッカを占領して、”聖戦”をやり遂げることができたわけです。

つまり、この世の政治・軍事においても成功したということで、「ムハンマドこそメシアにふさわしい。イエスも預言者の一人として認めるが、ムハンマドが最後にして最大の預言者である」という結論に至るわけです。

*預言のメカニズムについては、「預言者と予言者の違いとは? – 現代でも預言はあり得るか?」記事をご参照ください。

もっとも、ムハンマドはユダヤ民族を独立・解放に導いたわけではないので、ユダヤ教の側からは「メシア認定」は受けられませんけどね。

もちろん、ユダヤ教 – キリスト教 – イスラム教 の関係の複雑さはこれ以外にも色々な要因があるわけですが、今回のトピックスでその一端を明かすことができたのではないかと思います。

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