知的スピリチュアル生活 – 人生100年時代を生き抜く智慧 ①

人生100年時代

知的スピリチュアル生活とは?

このタイトルを見ただけで、渡部昇一先生の名著『知的生活の方法』を想起した方はけっこう勉強されています。

この『知的生活の方法』という書物は、私にとって、”知への開眼”と言いますか、「そもそも”知る”とは何であるか?」ということについて、若い頃に重要な示唆を与えてくださった本です。

この「知的生活」に「スピリチュアル」というタームを組み込んでみたわけです。

というのも、結局、私の問題意識としては、さらなる「そもそも論」として、「何のための知であるか?」ということを掘り下げないと気がすまない、というところがありまして。

知というものが、「世の中をより良く渡っていくための知恵」というふうに考えてももちろん悪いわけはないのですけどね。

*もっとも、『知的生活の方法』では、「知を手段として使うというより、知を求めて生活スタイルをかたちづくっていくこと、それ自体が素晴らしい価値を持っているのだ」という考えを提示しています。

しかし、みなさんが時折目にするように、「知恵をつければつけるほど曲がった道に入っているように見える」人もいるのが事実で。

そう考えると、「知が目的としているところのもの」言い換えれば。「知の上位概念とはなにか?」という問題意識ですね。

これはやはり、学問的な「知的生活」をさらに超えていくものであろう、と思うんです。

私の好きなG. K. チェスタトンに次のような言葉があります。

徹底的に現世的な人々には、現世そのものを理解することさえできぬものだ

今までも何度か引用していますけどね。

現象界を本当に理解するためには、その一段上の認識であるところの「実在界の価値観」から現象界を逆照射するカタチで見直していかないと、本当のところは分からないわけです。

そして、ネオ仏法でよく申し上げている通り、

  • 人間は永遠の輪廻転生の過程にある
  • 輪廻の目的は、地上で新たな知見を得て、かつ、仕事をなすことである
  • ずっと同じ文明世界に生きていると収穫が逓減するので、時期が来たらまた実在世界に還っていく
  • 一定の時期を実在界で過ごしたら、学びのために、新しい時代・地域にまた生まれていく

ということを延々と繰り返しているということです。

このように、

「実在界の視点から、現象界の意味を知り尽くすことによって、今回の人生での収穫を最大化していくこと」これは、いわば新時代の「涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)」になり得るものであると思うし、

むしろ、(狭義の)仏教でいうところの「涅槃寂静」を、本質はそのまま活かしながら、現代生活に適合するように数段スケールアップしてアップデートしたものであると言えるでしょう。

とくに、釈尊の時代とは違って、現代は民主主義社会です。少なくとも先進国においては、識字率も相当なパーセンテージまで上がっているでしょうし、多くの人が基礎教育は受けている状況です。

そのなかで、昔がえりをして、「出家した人だけが仏道修行に専念できる」というのは、とてももったいないことでありますし、また、時代の状況にも即していないあり方ですよね。

むしろ、(キリスト教用語ですが)「世俗内禁欲」という方向で、誰もがみな、自分の今いる持ち場(仕事・家庭・趣味…)のなかで、知恵の獲得と慈悲の実践をしていくことができる、と。

やはり、そうした方向が望ましい生き方であるし、日本や地球レベルで考えても、人類の知的レベル(あるいは認識力のレベル)を格段に引き上げていく契機になる方向であろうと思うんです。

「民主主義」という政治システムさえも、智慧の獲得と慈悲実践のために最大限に有効に使わさせていただく、という「良きしたたかさ」ですね。

これは「霊格を引き上げる」という意味において、ものすごいパワーを発揮できる方向性であるでしょう。

なので、「スピリチュアル」ですね、これは当サイトで申し上げている「真理スピリチュアル」ということにもちろんなりますので、

結局、「知的スピリチュアル生活」とは何であるかと申しますと、

  • 真理に裏打ちされた知恵、より奥深い智慧を探究する生活(=智慧)
  • さらには、探究した結果得られた智慧をなるべく数多くの方々にお届けしていくようなライフスタイル(=慈悲)
  • 智慧と慈悲の両輪を回していくことによって、真の奥深い幸福感を味わっていくライフスタイル(=ネオ涅槃論)

ということになるでしょう。

「人生はこの世限り」「一回限り」という唯物思想では、こういう「知的スピリチュアル生活」は望むべくもありませんね。

今回の記事では、「人生100年時代を生き抜く智慧」ということにからめていきたいのですが、まずは、「知的スピリチュアル生活」の定義の部分ですね、ここを再確認するところから始めてみました。

この再確認は、結局、ネオ仏法の基礎理論の再確認でもあります。

ここしばらく、「キリスト教だユダヤ教だ、あるいは、武漢肺炎が」という、若干、緊張を強いる記事が続いていますので、バランス的にライフスタイル系の話題に振ってみました。

次回は、各論として、「人生100年時代をいかに有意義に過ごしていくか?」。そのための、いくつかの具体的な考え方、方策を考えてみたいと思います。

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2 件のコメント

  • 私は、今年に入り、急激に自分のスピリチュアル性を感じるようになりました。
    過去に経験した出来事から「どのように生きればよいのか」と以前より学ばしてもらってはいたのですが、ここ最近感じる大きな流れに乗って真理を探求するようになり、そのなかで今日、高田さんのページに行き着きました。
    勉強します。

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