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菩薩になりたい人のための「知的スピリチュアル生活」

菩薩になりたい

実在界(あの世)から見た人生の仕事量および霊格は、

 仕事量(霊格)=智慧×慈悲

の公式で表すことができる、と申し上げています。

*参考記事:人生の意味とミッションとは? – 最勝の成功理論を明かします(「菩薩になるための公式とは?」参照)

厳密に言うと、「智慧の質」と「慈悲の純粋性」がもっとも大事ですので、

(智慧の質+慈悲の質)×(智慧の量×慈悲の量)=霊格(仕事量)

という公式になります。

この公式で分かるように、基本的には、智慧がないと菩薩界には入れません。

「善いことを拡げるのが愛です!」と言っても、「そもそもそれ、本当に善いことなんですか?」ってことは世の中にいくらでもあるわけで、

なかには当然、「本人は善いと思っているけれど、実は世の中には害になるもの」もあります。

これは案外、多いケースで、蓋を開けてみれば(=実在界に還ってみたら)、「拡げた量に応じて深い地獄へ堕ちてしまった」という努力逆転の法則にハマることになります。

なので、前提としての善悪をまず峻別していく上で、「智慧」が大事になってきますし、さらに、善のなかでも、「ちょっとだけ善い」「けっこう善い」「すごく善い」…など、無限の階梯があるわけです。

この階梯がすなわち、智慧の質ということになるのですけどね。

智慧については先天的なものもありますが、これを言ってもどうしようもありませんので、やはり今回の人生の努力から始めるしかないです。

智慧の獲得については、「経験から学ぶ」などもちろん大事ですが、今回のテーマとしては、菩薩になりたい方のために、読書論を中心とした「知的スピリチュアル生活」について語ってみたいと思います。

「読書」というと分別知くさいと思われる方もいらっしゃるかもしれません。

多くの仏教書では、「近代の分析知が行き詰まりを迎え、こうした現代にこそ般若の智慧を…」といったふうに書かれています。

でもそうではなく、近代的な「客観的知性・分析知・差別知」も、より奥深い”智慧”の足腰の部分として必要なものなんです。

「自利利他読書」のススメ

ところで、「どれだけの仕事量をしたら、菩薩界に還れるの?

という論点については、正確な統計をとっているわけではないので、一概には言えませんが、やはり「最低でも数万人程度の人を魂レベルで救う」というのが菩薩界に入る条件になるかな、と思います。

もっとも…、

厳密な意味での菩薩界は、上記のことを数転生繰り返さないと入れないかな?と思うところもあります。

まあ会社でもそうですよね。

「第1四半期は営業成績良かったです!」で出世できるかと言うとそれは難しくて、上司から見ると、「1年(四半期を4回ということですね)は通してみないと、本当に実力になっているかどうか?分からない」ということろがあります。

そうすると、実際には、「数万人の魂を救う」を4輪廻やりのける、ということになりますので、けっこうハードルは高いですよね。

なので、とりあえず私がお勧めしている戦略は、「広義の菩薩界を目指す」ということです。

これは、「狭義の菩薩界」の前段階ということになりますが、まあしかし、十界論では「菩薩界」に含めてしまって良いのではないか?と思っています。

*参考記事:十界と十界互具 ー 仏教における”世界”の階層構造論

あとは、「同時代では測りきれない」というところもありまして、

実在界へ還ってみたら大したことなかったけど、「後世評価が上がって(あるいは再評価されて)、実在界でもぐんぐん出世していく」ということがあると思います。

むしろ、このパターンのほうが多いかもしれません。とくに思想家や芸術家はこのパターンの比率が高いと思います。

自利利他読書とは?

一般の読書の動機としては、

  • 純粋な”楽しみ”のため
  • 自己啓発のため

のだいたいこの2通りかと思います。

もちろん、これは読書の王道であり、また、出世のためとか特別な目的がなくても、「読書をするライフスタイルそのものを愛する」という知的生活ですね。

こうした知的生活、精神的なライフスタイルを良しとする心的傾向そのものが、優れた魂の証であるかと思います。

「知的生活」の喜びについて、私が最初に啓発を受けた本は文字通り、『知的生活の方法』(渡部昇一著)でした。この本はもう古典的名著ですので、一読をお勧めいたします。

しかし、本稿で私がお勧めしたいのは、さらにもう一段界高い「知的生活」です。

個人の精神的満足のための読書では、十界論でいうところの、「声聞界(しょうもんかい)」が限度になってきます。

*参考記事:十界と十界互具 ー 仏教における”世界”の階層構造論(「声聞界」参照)

この上の菩薩界は「利他」の世界に入りますので、やはり「自己啓発のため」という動機だけでは菩薩界の読書にはなりません。

「自利利他の読書」というのは、「自分が学ぶと同時に、その学んだことをどのように他者や世の中に貢献できるように活かせるか?」という視点を持った読書姿勢です。

逆に言えば、本の読み方ひとつで、その人がどこの世界の住人であるか(あるいは、どこの世界を目指している住人であるか)が分かるということにもなります。

世の中には地獄文学というのもありますので(というか、けっこう多いです)、そういう本を楽しんでいる場合、本人が意図しているか意図していないかは別として、「自我我欲読書」に陥っていることになります。

アウトプットを前提に読む

自利利他読書は「自己啓発と同時に、他者や社会に貢献するために読む」ということですので、「読書の出口」としてのアウトプットが前提になるのは言うまでもありませんね。

もちろん、「まだブログを書くほどの知識量に達していない」というのもあるかもしれません。

ただ、「オリジナリティ」にはいまだ達していなくても、良書を読み込んでそのポイントを「読書ノート」として公開するという方法もあるでしょう。

これでも、「自利利他読書」の段階には一応入っていますし、のちのち、オリジナリティのある本格的なブログのための文章訓練にもなりますね。

*もちろん、ブログでなくても、仕事のなかで具体的に活かしていくという方向もあるでしょう。

実際は、

外部に発表する内容が、「菩薩界的なレベルまで達しているか?」という視点ももちろん大事になってきます。

そのためには、

  1. 読書を起点としてどのように発想していくのか?
  2. なにか読み方のコツはあるのか?

というあたりも、本当の意味での自利利他読書のために必要になってくるでしょう。

異質なものを結合させて、付加価値を生む

イノベーションの原理

そもそも、「学(がく)の統合」というのが、ネオ仏法のひとつの使命だと思っています。

マックス・ウェーバーの『職業としての学問』以降、とくに学問が細分化され過ぎて、それはそれで有効な面ももちろんあるのですが、やはり、トータル性が失われる流れになったのも事実でしょう。

職業としての学問

もちろん、「全学問の本質を喝破し、統合する」というのはかなり難しいことですが、もう少し的を絞って、学問Aと学問Bを横断して発想する、というくらいであれば、けっこう汎用性は出てきますね。

実際に、「オリジナリティとはなにか?」ということを考えてみますと、よく言われてるように、全くのゼロ/ナッシングから価値を創出する、ということはほぼありえません。

そんなことができるのは、根本神(根本仏)くらいでしょう。

たいていは、一見異質なものを突き合わせた時に、火花が散るように「新しい付加価値」が誕生するのが通常のパターンだと思います。

そして、それは小さいレベルであっても、私たち凡人にも出来ることであります。

新時代の三法印のひとつとして、私は「ポジティブ無常」を提案しています。

*参考記事:ネオ仏法は、小乗も大乗もはるかに超えてゆく-⑤ポジティブ三法印への展開

従来の、「もろもろの事象は変化していくのだ」という、いわば「受け身の諸行無常」ではなく、自ら主体的に、物事(諸行)に無常を引き起こしていく、という「主体的諸行無常」です。

そして、変化の引き起こし方のひとつとして、経済学者シュンペーターのイノベーションをご紹介しました。

シュンペーターのイノベーションがまさに、「異質なものの結合」から生じると主張されています。

なので、読書論的にこの考え方を展開するとするならば、やはり、まずは最低2つの得意分野を持っていることが必要、ということになりますね。

たとえば、私の記事で言えば、「諸葛孔明の兵法とネオ仏法」なんかは、宗教と軍略という異なる分野を結合させています。

また、「実在性の諸段階」という哲学的な考察を、「戦略にも諸段階があるのでは?」という方向へ展開させています。

まあこの記事が良いかどうか?は別途あるでしょうが、少なくとも、「仏教」と「軍記物」という2つの分野の読書を続けていた、その蓄積がないと書けなかった(発想できなかった)ことではあります。

本の読み方

まず、「入門書的な本」を10冊読む

さて、

では仮にイチから得意分野を2つ作ってみよう!と思った場合、スタート地点としてはどうするか?ですよね。

私がお勧めしたいのは、「まず、入門書的な本を10冊読んでみる」という方法です。

1冊や2冊ではその分野の概観もなかなか把握できませんが、10冊も読めば、「全体的にはこんな感じかな?」というくらいの把握はできるようになります。

また、とりあえず10冊読んでみると、その中で、「お、この著者の本は読みやすい」「自分に合う」という本が見つかってくるでしょう。

そうしたら、その著者の他の本を読んだり、あるいは、本の中で参考文献で紹介されている本を辿っていく、という読み方だと、楽しく読み進めることができますね。

すると、だんだんと蓄積効果が出てきます。数十冊を読破するようになれば、「自分としてはこう考える」というスタンスが出てくる段階に行くでしょう。

こういう感じで、

  • まずは2つの分野を各々、数十冊は読んでみる

というところまで行くと、A分野の本を読んでいる時に、「あ、ココはB分野のアレと通じるものがあるな!」という発想が湧くようになります。

ここがまさに、「付加価値」が誕生する瞬間です。

赤線、付箋、書き込み

読書の方法としては、ベタですが、私は現在、下記のやり方を採用しています。

  1. 赤線をひく
  2. 付箋の活用
  3. 自分の考えを書き込む

実は、私はもともと、本に赤線を引くのがすごく苦手だったんです。

「本を汚す」ということ自体に抵抗がありましたし、あとは、「ここって本当に線を引くところなのかな?」と気になったり、

あるいは、線を引く作業自体が「読書の優雅さ」を妨げているような感じがしまして。

しかし、ネオ仏法を立ち上げてアウトプットするようになると、「あ、これに関連することがあの本に書いてあったはず!」と調べようとしたときに、

本に赤線とか付箋がついていないと、「いったいどこに書いてあったのか?」探すのにけっこうな時間がかかってしまうことに気づきました。

ま。当たり前ですね。天才ではありませんので。

ただそれでも、上述したような「やっぱ赤線を引くのはちょっと…」という抵抗感が残っていました。

ところが、ある読書法の本を読みまして、その本では、「青と赤と緑の3色を使い分ける」という方法が紹介されていました。

赤線を引く時に迷いが出るのは、「ここってほんとに重要なとこなのかな?」という気持ちがでてくるからなんですが、そういうときはまず、青線でさっさと引いてしまうわけです。

そして、読み進めたり、あるいは、少し戻って、「やはりココがポイントだ!」と思ったら、そこでやっとこ赤線を引く、と。

さらに、「本の趣旨としてはとくに重要ではないけれど、個人的に関心がある」というところに緑線を引いていきます。

このやり方なら、かなり気楽に線を引いていくことができますね。

そして、大事なのは「自分の考え、アイディア」ですね、これは本の余白に直接、書き込んでいく作業です。

そういうわけで、いま現在は、「三菱鉛筆 多機能ペン ジェットストリーム 4&0.38 」というペンを使用しています。

MSXE510038P.9

こちらは、0.5mm,0.7mmバージョンもありますが、「余白に細かく書き込める」という利便性から、0.38mmバージョンを使っています

もっとも…、

線を引くことに慣れて抵抗がなくなってきましたので、最近は青と緑はほとんど使わなくなりましたけどね(笑)。

要は、

アウトプットを前提にした「自利利他読書」ではやはり、後日の参照のために何らかの手段を講じておいたほうが便利、ということです。

そのためには、私的には赤線だけでは不十分で、これだけでは「本の内容で重要なとこを読み返す/チェックする」という効用に止まってしまいます。

なので、先ほど、「書き込みをする」と言いましたが、まさにココのところですね、

「このアイディア(書き込みしたページ)はアウトプットで使えるかも!」というところに付箋を貼るようにしています。

そうすると、「ブログのネタ、なんかないかな?」というときに、適当に本棚の本を引き抜いて、付箋のページをチェックすれば、ネタが見つかるという寸法です。

たとえば、下記は『金剛般若経』全講義(岡野守也著)という本です。

これは、「空」思想を理解するのに、なかなかの良書でした。黄色い付箋が見えますね。

金剛般若経

付箋がついているページを開くと、何やら書き込みをしています…。

付箋がついている

われながら、じつに下手な字です(苦笑)。「分別智から修行は始まる」と書き込んでいます。

分別智から修行は始まる

これは、本文の、

すべては一如だから、その悩んでいるすべての衆生は、私と実は一つのつながった命だということを、まず思想的にというか概念的にというか、頭にだけでも入れて修行のスタートをしなければならない(P205)

という部分に対して、

「じゃあ結局、般若の「無分別智」と言いながら、やはり、スタートは「分別知」から始まるんじゃないか?」というアイディアを書き込んでいるわけです。

そのアイディアがたとえば今回の記事の中の、

「読書」というと分別知くさいと思われる方もいらっしゃるかもしれません。

多くの仏教書では、「近代の分析知が行き詰まりを迎え、こうした現代にこそ般若の智慧を…」と書かれています。

でもそうではなく、近代的な「客観的知性・分析知・差別知」もより奥深い”智慧”の足腰の部分として必要なものなんです。

という文章に結実しているわけなのです。

ココも下手くそな字ですねー…。「智慧と慈悲の総量は増えている」と書き込んでいます。

一切衆生が煩悩がなくなって覚って完成したところで、それで生命・非生命すべてを含んだ宇宙全体が変わるということはないので、(p205)

という文章に対する「反論」を書いています。

「宇宙全体が変わることがないのであれば、なぜ、菩薩が苦労して衆生救済をするのか?

変わらないのであれば、最初から、「宇宙おひとり様」でいればいいじゃないか?という疑問で、そこから、

菩薩→衆生救済の努力の過程で、新たな「智慧×慈悲の付加価値」が生じているはず。全体(宇宙全体)のなかの部分(菩薩・衆生)のところで付加価値が生じているのであれば、全体(宇宙全体)の智慧×慈悲の総量も増えているはずである

というアイディアですね。

ここのところが、この記事(ネオ仏法は、小乗も大乗もはるかに超えてゆく-③実在は「現象する」ことによって本質を開示する)の、

現象というダイナミクスを引き起こすことにより、実在そのものが拡大(増量)していくことができる。

という論考に生かされています。

Kindle Paperwhiteを活用する

ところで、数十冊を2分野読破…ということを繰り返していくと、だんだん「本の置き場所」というスペースの問題が生じてきます。

とくに都市部では、よほどの資産家でない限りは、やはり書庫スペースなどはなかなか持てないですよね。

なので、私は電子書籍、AmazonのKindleを活用しています。

具体的には、「Kindle Paperwhite 防水機能搭載 Wi-Fi 32GB 電子書籍リーダー」を使っています。

Kindleであれば、かなりの冊数の書物が手のひらに乗る程度のタブレットに収めることができます。また、紙の本より少し値段も安いです。

ちなみに、私のKindleをチェックしてみますと、今現在(2019/08/28時点)、漫画を除くと1309冊入っています。

すでに32GBの容量はいっぱいいっぱいに近い(ということは、じつは漫画の数も多い)のですが、電子書籍は必ずしもダウンロードしておく必要はなく、必要でない本は端末から削除して、Amazonのクラウド上に置いておけばいいですね。

実際は、ふつうのタブレットやスマホでもKindleアプリが使えます(無料)ので、それで読めばいいじゃないか?と私も当初、思っていたのですが、

スマホ/タブレットだと画面が明るすぎて、かつそれで文字を長時間追いかけていると、かなり眼に負担がかかることが分かりました。

そういうわけで、わざわざ、Kindle Paperwhiteを買ったわけです。

ただ、Kindle端末の大きさでは、漫画や雑誌を読むのはけっこうしんどいです(汗)。

なので、漫画と雑誌についてだけ、iPadで読むようにしています。

ちなみに、

  • ラインを引く機能
  • メモをとる機能
  • 付箋をつける機能

もついています。

さらに、

  • 辞書にリンクする機能

がついていますので、調べたい単語を選択すると、自動的にいくつかの辞書が立ち上がります。英語の原書など読むときはかなり重宝します。

実際は、「ラインを引く機能」その他がついていると言っても、やはり、実際の書物のほうがあとから参照しやすいですし、また所有欲も満たすことはできます(笑)。

ただ上述した、「とりあえず入門書を10冊読む」という段階の読書では、最初は知らないところだらけですので、「勉強になったところにラインを引く」をやっていると、ラインだらけになってしまいます。

なので、入門書系はKindleで購入して、思う存分、ラインを引くと(笑)。

そして、基礎知識がついてきたら、やや学術書に近い本に移行してきまして、そういうのはそもそも電子書籍化されていないケースが多いですので、やはり、紙の書物を購入します。

ちなみに、できたらちょっと無理してでも、文庫本ではなく単行本を買うほうがお勧めです。

年を取るとやはり老眼になりやすいですが(私もなっていますが)、老眼鏡をかけても文庫本を読むのはかなり疲れます。

ので、

  • Kindleで手軽に安く読む
  • 専門書を単行本でリッチな気分で読む

を使い分けています。

同時並行処理をして勉強時間を増やす

1日は24時間で、「何人たりとも、24時間を伸び縮みさせることはできない」というのは真理ですが、

一方で、「時間の有効活用」で使える時間を増やすことにはかなり工夫の余地があります

そのうちのひとつを挙げるとすると、「同時並行処理をする」というやり方です。

たとえば、仕事や家事でも単純作業系の仕事をしているときは、オーディオブックを聴きながらやる、という方法ですね。

私は最近、audibleを活用しています。

これもAmazonのサービスで、さっきから、Amazonの回し者みたいですが(笑)、

まあ、Amazonは商売敵きとして考えると恐ろしい会社ですが、消費者の立場にたつとやはりかなり便利です。

自分の中では、単純作業系だな、という仕事をしているときは、audibleのオーディオブックを1.5倍速のスピードで流して聴いています。

以上、現時点で思いつくまま書いてみました。

今回はライフハック的な内容が多かったですが、実人生ではこうした形而下のことも大事です。そうであったこそ、形而上学もより息長く、かつ、質高く続けていくことができます。

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