ヘーゲルの弁証法を中学生にもわかるように説明したい

円筒形

なにゆえに、弁証法の理解が必要なのか?

西洋哲学のなかでもウルトラ難解で知られるゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(18c後半〜19c)の弁証法について、簡略版ではありますが、解説していきたいと思います。

なぜこれを解説したいかというと、弁証法の論理は、2020年以降の新文明を理解するために最適のツールになる、と思えるからです。

また、個人や社会、国家、大きくは宇宙がどのような意図で、どのような経緯で発展していくか、を理解するのにも最適と思われるのですね。

以下、Wikiの解説を引用させて頂いた「弁証法(的)論理学」ですが、読むのが面倒な方はすっ飛ばしても構わないです。

**以下、引用**
「弁証法(的)論理学」

ヘーゲルの弁証法を構成するものは、ある命題(テーゼ=正)と、それと矛盾する、もしくはそれを否定する反対の命題(アンチテーゼ=反対命題)、そして、それらを本質的に統合した命題(ジンテーゼ=合)の3つである。

全てのものは己のうちに矛盾を含んでおり、それによって必然的に己と対立するものを生み出す。生み出したものと生み出されたものは互いに対立しあうが(ここに優劣関係はない)、同時にまさにその対立によって互いに結びついている(相互媒介)。最後には二つがアウフヘーベン(aufheben, 止揚,揚棄)される。

このアウフヘーベンは「否定の否定」であり、一見すると単なる二重否定すなわち肯定=正のようである。しかしアウフヘーベンにおいては、正のみならず、正に対立していた反もまた保存されているのである

**引用ここまで**

コップは円形か?長方形か?

さて、西洋哲学に不慣れな方にとってはやはりこのWikiの説明ではよくわかりませんよね。

なので、イメージとたとえ話を使って解説していきます。

まず、画像にあるような円筒形のコップをイメージしてください。

**以下、たとえ話**

ココにAくんと、友だちのBくんがいます。AくんとBくんが住んでいる村では、まだコップというのが普及していないのです(そんな村あるのか?というツッコミはさておき・笑)。

生まれて初めてコップをチラ見したAくん。コップを真横から見て、

なるほどー、コップというのは長方形なんだ

と納得します。

そして、同じく生まれて初めてコップをチラ見したBくん。Bくんは、たまたまコップを真上から見たので、

へー、コップっていうのは、円形なんだね

と理解します。

友だちであるAくんとBくんは、初めて見たコップの感想を述べあいます。

Aくん:「コップって、長方形なんだねー」

Bくん:「いやいや、コップは円形でしょうー」

Aくん・Bくんの内面:(はあ?( ̄◇ ̄;)こいつの観察力はどうなってんの?)

と、意見の対立が出ます(笑)。

そこで、AくんとBくんは、村長さんのところへ行って、もう一度、コップを見せてくれるように頼みました。

今度は、まじまじとコップを観察したAくんとBくん。

コップというのは平面ではなくって、立体なんだと気づきます。

そして、その立体のカタチは?……そう、円筒形、ですよね。

村長さんは言いました。

「そうそう、ふたりとも間違ってたわけじゃないんじゃよ。

横から見ると、長方形に見えるし、上から見ると、円形に見えるわな。
でも、全体を見ると、円筒形ってことなわけじゃ

AくんとBくんは、それぞれの意見がまったく間違っていたわけではないのだ、と。円筒形だったんだー、ということでコップの認識を新たにして仲直りをしましたとさ。

**たとえ話、ここまで**

このたとえ話で言えば、

「コップは長方形である」という見方を、”正(テーゼ)”とします。

すると、

「コップは円形である」という見方は、”反(アンチテーゼ)”となります。

相反する意見、矛盾が生じているわけですね。

そして、

「コップは円筒形である」という見方が、”合(ジンテーゼ)”となるわけです。

テーゼとアンチテーゼは一見、対立していました。

そして、その対立の原因は、AくんもBくんもコップを平面で見ていた、ということに由来していることに気づくでしょう。

ところが、コップを立体で見ると、対立は解消しましたよね。

そう、ふたりとも各々、一面的には正しかったのです。平面でコップを観察した限りでは、です。

合(ジンテーゼ)の正体とは!?

この、正(テーゼ)ー 反(アンチテーゼ)の対立を解消した、合(ジンテーゼ)のキモはどこにあるか?を考えてみましょう。

そのキモは、

二次元平面のレベルでは対立していた意見も、より上位の次元すなわち、3次元立体で見ることによって、解消された

というところにあります。

次元がひとつ上がっている。最近のスピ用語でいうところの、次元上昇(アセンション)しているわけです。

AくんもBくんも2次元のレベルでは意見が対立していたけど、ひとつ上の、3次元の見方を取り入れることによって、対立は解消され、より上位の認識を持つことができた、

ということですね。

この次元上昇(アセンション)を弁証法の用語では、止揚(アウフヘーベン)と言います。

繰り返しますが、AくんもBくんも本質的には間違っていたわけではない。二次元平面から見たら、という仮定ではふたりとも正しかったのです。

ただ、三次元立体の見方をとりいれる(1次元分上昇している=アセンション)ことにより、対立は解消され、

各々の2次元的な見方(本質部分)は保存されながらも、より上位の認識に至ったわけです。

この、”本質は保存しつつ、より上位の認識に至る”というのが、弁証法理解のキモであります。

つまり、”合(ジンテーゼ)”というのは、単に、対立する2つのものを足して2で割ったわけじゃあないんですね。

”正(テーゼ)と”反(アンチテーゼ)”を、次元上昇させることによって対立を解消し、認識の高まりを得ること。これをもって”合(ジンテーゼ)”というんです。

そしてさらに、ネオ仏法的に翻訳すると、ジンテーゼとは

  • 正(テーゼ)と反(アンチテーゼ)を超えた認識を得た、という意味では、智慧
  • 正(テーゼ)と反(アンチテーゼの対立を解消し、調和に導いたという意味では、慈悲

という見方ができます。これは超重要な視点だと思います。

言葉を変えれば、

私たちは、「智慧と慈悲」といったふうに、別々の用語を使っていますが、

実際は、ひとつの真理を進歩という側面から眺めたのが智慧であり、調和という側面から眺めたのが慈悲、ということも言えるかと思います。

もちろん、これは哲学的な認識ではこのように定義することもできる、ということであって、

実践論としては、智慧と慈悲に分けて考えたほうが分かりやすいですけどね。

中道とは弁証法のこと

釈尊の悟りであるところの、「中道」も、弁証法と理解するとすごく分かりやすいんです。

仏教書を読むと以下のように書かれています。

「釈尊は成道(じょうどう)の際に、苦楽中道を悟られました。肉体を痛めつける苦行を離れ、また、王宮での安楽な生活を離れ、それらを両極端であるとし、中道のなかにこそ悟りがある、と発見されました」

これはもちろん、正しいです。

が。「なるほどー…」というあたりから、あまり先に進まない感じもなきにしもあらず、で。

これを今回の、弁証法的でもって考えてみましょう。

テーゼとアンチテーゼの本質部分は保存して、より上位の認識へ進むのがジンテーゼでした。

それでいくと、

  • テーゼ:苦の本質的部分…おのれに厳しくある(智慧の前提)
  • アンチテーゼ:楽の本質部分…喜び・優しさも大事にする(慈悲の前提)

ということになりそうです。

そして、本質でない部分を捨象した後、

  • ジンテーゼ:中道の悟り…智慧の獲得と慈悲の発揮

となります。

中道論としては、従来の解釈とはまた違った味わいと応用が出てくるのではないか、と思っています。

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2 件のコメント

  • Wakkaさま
    お返事遅れて申し訳ありません!
    引用していただけるとのこと、ありがたいです^^
    よろしければ、サイトなど教えていただければ嬉しいです!^^

  • 突然のコメント失礼致します。
    私はWakkaと申します。
    今回の記事を興味深く拝読させて
    頂きました。
    そこで大変差し出がましいお願いなのですが、とても深く心に響いた部分を、私自身の個人的なブログの検証記事を裏づける考え方として
    引用させていただければと思いコメントさせて頂きました。
    何卒よろしくお願いいたします。

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