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”自分軸”で生きるのは難しい – 真理スピリチュアルが提唱する”絶対軸”とは?

自分軸で生きる 難しい

心理学者アドラーの解説書(?)『嫌われる勇気』の影響もあるのかもしれませんが、ここ数年、”自分軸”という言葉がずいぶんともてはやされています。

嫌われる勇気

ただ、”自分軸”というものは一時的なカンフル剤として有効だけど、これで生き切るにはずいぶんと難易度が高いように私には思われるのですね。

また、そもそも「ワガママのすすめ」とどう違うのか?というのも気になるところです。

そこで今回は、”自分軸”についてどう考えたら良いのか?”自分軸”は本当に幸福や成功に至る道なのか?といった点について考えてみたいと思います。

自分軸と他人軸とは

まず、”自分軸”と”他人軸”の意味を整理しておきます。

  • 自分軸:自分の価値観を中心に(軸に)自分の生き方を決定できる生き方
  • 他人軸:他者の価値観を中心に(軸に)自分の生き方を合わせてしまう生き方

と、かんたんに言えば、このような意味になるかと思います。

日本人は、「空気で動く」と言われるくらい、自分をとりまく<周囲>に流されていく傾向があります。

それは、「調和を重視する」という意味で、長所である面はあるのですが、一方で、他人や周囲の価値観・動きといったものが、本来の自分に合っていない場合、苦しみになってしまうことがありますね。

また、他者の思いや意見にいちいち<自分の価値>を預けてしまうと、当然、心の安定は得られなくなります。

なぜなら、他者の思惑や言動は自分の自由にならないから、です。

自分軸がわからない

そういう意味で、”自分軸”に一度、振り切ってみるのは非常に有効な手段だと思います。

”自分軸”はなかなか分からない

ただ、自分軸で生きるのがそれほど簡単なことか?と言われると、やはり疑問符がつくと思います。

この点、のちほど考察してみますが、ひとつだけ言っておくと、自分軸の”自分”というものも、そもそもそれほど安定したものではないからです。

自分軸は「ワガママのすすめ」に行き着きやすい

自分軸は自分軸で、振り切りすぎてしまうと、単なる「ワガママのすすめ」になっていまいます。

アドラー心理学などもその文脈で誤解される場合がありますね。

ドラマ『嫌われる勇気』は(私は観ていませんが)、「日本アドラー心理学会」から、「アドラー心理学における一般的な理解とはかなり異なっているように思えます。」という抗議がなされていました。

これなども「私はただ、感じたことを口にしているだけ」とうそぶいている主人公を、「ナチュラルボーンアドラー」と設定しているらしいですが、この主人公も言ってみれば、”自分軸”ですよね。

ところが、こうした振る舞いを現実世界で、”リアル”にやったとしたら、それが本当に幸福な結果を招くのかどうか?ちょっと想像してみると、やっぱり、むずかしいだろうな、って思うわけです。

”自分軸”はいまだ相対性のなかにある

実際は、こうした自分軸というのも、他者を過剰に意識した反転系に過ぎないと思うのです。

自分軸 ⇔ 他人軸

と併置される相対観のなかにあるわけです。

そもそも、”自分軸”という場合、価値判断の根拠はどこにあるのか?

この”自分軸”という言葉は、

  1. 自分が心地よい、美しいと思えるもの
  2. 自分らしさ、自分の価値観

という意味で使われているように思えます。

では、とりあえず、

1.自分が心地よい
について点検しますと、

たとえば、人によっては、「人を害することが心地よい」という人もいるわけです。

人間はそれぞれ、自由意志を持っていますので、ここで、「人を害することが心地よい」という自分軸でいくと、他人との摩擦が生じて、結局は、幸せな方向にはいかなくなりますね。

まあ、「人を害する」という例が極端であるとしても、「自分によって心地いい」ということが、他人の「心地いい」と摩擦・衝突がおきることは当然ありえます。

対立

あと、「自分が心地いい」という場合、本当は、きちんと向き合った方が良い問題に対して、向き合うのがこわい、自分の自我がおびやかされる気がする、

ということで、「これは心地よくないことだから」っていういわゆる、”逃げ”、”逃避”につながっていくんじゃないか、って論点もあると思いますね。

そうすると、本来は、幸福論や自己実現論として出発したはずの「自分軸」理論が、正反対の結果になってしまうケースが出てくることになるわけです。

これは結局、”自分軸”と言っても、いまだ”他人軸”の反転系に過ぎないということ、いまだ相対性のなかにあるところから出てくる難しさであるように思われます。

”自分”というものはそれほど簡単に分かるものではない

それから、そもそも「自分の価値観」といったときの”自分”というものが、そんなに簡単に分かるものではない、という側面もあります。

スピリチュアルズムでは、自分・我(われ)というものを、真我と偽我に分けたりします。

要するに、”自分”といってもそれが見事な勘違いの”自分”である可能性があるわけですね。これが偽物の我、偽我です。

一方、真我というものは、「本当の我」「本当の自分」です。

仏教的には、”仏性(ぶっしょう)”と言っても良いでしょう。

仏性

結論的には、この真我・仏性に裏打ちされた自分軸であれば、揺るぎないのですが、これが初心者にはなかなかに難しいことでありますよね。

たとえば、「自分の価値観に素直に生きる」と言ったら、ヒトラーのような生き方もそれに該当してしまいます。

アーリア人優越主義の名のもとに”純血”を維持するという価値観・信念でもって、多数のユダヤ人をガス室送りにしてしまいました。

「自分軸オーライ」でいくと、このような危険性もあるわけです。

結局、自分軸で生きることの難しさは、このように、

  • ワガママのすすめに行き着きやすい
  • 結局、いまだ他人軸の反転系に過ぎない
  • そもそも、”自分”というものがそれほど安定したものではない

というところにあると思われます。

”絶対軸”のススメ

それでは、他人軸で振り回されるのを回避し、かつ、「自分らしく」自由に生きる道はないのか?

”自分軸”と”他人軸”を弁証法にかける

当サイト(ネオ仏法)では、自分軸と他人軸を弁証法的に総合した”絶対軸”をお勧めしています。

絶対軸(合)

自分軸(正) ⇔ 他人軸(反)

というふうに、両者を総合・止揚した”絶対軸”です。

弁証法について、分かりにくいという方は下記の記事をご参照下さい。

*参考記事:ヘーゲルの弁証法を中学生にもわかるように説明したい

かんたんに要約しますと、(ネオ仏法で理解しているところの)弁証法は、両極端(正と反)の二者の本質部分を残しながら両者を総合していくことです。

今回の例で言えば、”自分軸”からは「他者に振り回されない価値観に準ずる」という本質、”他人軸”からは「客観性を担保する」という本質を抽出します。

この両者を総合・止揚した”絶対軸”は、客観的・普遍的な真理であるので、”自分軸”のように不確かでフラフラとしたものではありません。文字通り、依拠するに相応しいものであります。

”自分軸”と”他人軸”、両者に共通する問題点は、「どちらも、変化していく不確かなものである」というところにあります。

不確かなものに依拠しているからこそ、それがコントロール外にあるからこそ、難しくなってしまっているのです。

”絶対軸”であれば、それが「客観的・普遍的な真理である」という確かさがありますよね。不動の価値観であるからこそ、それに依拠して安定性を確保することができるわけです。

絶対軸

絶対軸の内実はいかなるものか?

それでは、”絶対軸”というのは、結局、どういうものであるのか?ということが次に問題になります。

言葉・論理の上で”絶対軸”を定立しても、「それがそもそも何であるか?」ということが分からなければ、指針とすることができませんよね。

結論的に言えば、絶対軸すなわち普遍的な真理とは、たとえば、キリスト教では「聖書の言葉」に該当しますし、仏教であれば「仏典」、儒教であれば「論語」に書かれている内容です。

もっと突き詰めて言えば、これら世界的な宗教・思想・哲学で共通して説かれている”黄金律(ゴールデンルール)”がすなわち”絶対軸”です。

ゴールデンルール

聖書で言えば、

人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい(『聖書』マタイ7:12)

論語で言えば、

己の欲せざるところ、他に施すことなかれ(『論語』巻第八衛霊公第十五 二十四)

こうしたことですね。

おのおのの宗教・思想・哲学の特殊性ではなく、共通性に着目して抽出された原理・原則です。これを”絶対軸”に据えるのです。

宗教が苦手な方であれば、たとえば、世界的なベストセラー『7つの習慣』で説かれているような「原則中心」の生き方から学ばれても良いと思います。

7つの習慣

ネオ仏法は、今までの文明で出揃ってきた思想・哲学・宗教の共通点を抽出し、世界レベルでの弁証法的真理を提示することを使命としています。

今回の記事をきっかけにぜひ、ネオ仏法の真理を学ばれることをお勧めいたします。そのなかで、あなたにとっての”絶対軸”が見つかることを確信しております。

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