ややふしぎなユダヤ教 – ①「神の名をみだりに唱えてはならない」とは?

ふしぎでないキリスト教」のシリーズを始めておりまして、「ユダヤ教はキリスト教のあとに…」と考えていたのですが、やはり、順序にこだわらず、必要に応じて同時並行で進めてまいります。

ご存知のとおり、キリスト教は(イスラム教もですが)ユダヤ教を母体にして生まれていますからね。

なので、どうしても、「ユダヤ教との接続」の部分を確認しておかないと、分からないところが多いのです。

さて、タイトルの「神の名をみだりに唱えてはならない」は、有名なモーセの十戒のひとつです(3つめです)。

正確には、「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない」という言葉になっています。

なぜ今回、これを取り上げているのかと申しますと、

十戒のなかでもここのところが日本人には一番理解しづらい戒めであると同時に、ユダヤ教/キリスト教/イスラム教を理解するために必須の言葉でもあるから、です。

「みだりに」と書かれているので、では、「みだりでなければいいのか?」となりますが…、

答えは、「ハイ、みだりでなければ良いのです」ということになります。

たとえば、キリスト教の「主の祈り」では、二行目に「御名(みな)が崇(あが)められますように」となっていますね。

*ちなみに、ですが、記事内で聖書の引用をする場合は、「新共同訳」を今後は基本に用いることにします。個人的には、文語訳が好きで、まあところにより、他の訳も…ということで、個人的に「言霊が強い」と思われる翻訳を過去の記事では使っていました。が、最近のキリスト教論では、「新共同訳」が使用されることが多いので、それに準じることにいたしました。

なので、やはりここのところですね、「みだりに」というところがポイントになります。

では、「みだりに」というのはどういうことか?と申しますと、

これは、一言でいえば、「人間の都合で神を呼んではならない」というのが本質です。

ここのところはですね、ネオ仏法の基本的な立場を確認する上でも大事なところで、

以前は、スピリチュアルにも、「王道スピリチュアル」と「覇道スピリチュアル」の違いがあるという言い方をしておりました。

今回の記事の趣旨に沿って、かんたんに分類するとすれば、

  • 王道スピリチュアル:御名を崇めるスピリチュアル
  • 覇道スピリチュアル:みだりに神の名を呼ぶスピリチュアル

ということになります。

「えっ!御名を崇めるの!?」と抵抗を感じた方も多いかと思いますが、それこそがまさに「日本人的宗教メンタリティ」で、

世界三大宗教であるキリスト教・イスラム教では、「御名を崇める」ほうを採用しておりますので、信者数で言えば、40億人くらい(2020年現在)くらいですか、

むしろ「御名を崇める」ほうが主流であることが分かります(建前上は、ですけどね)。

話を戻して、「みだりに」とは「人間の都合で神を呼んではならない」ということでしたね。

ここは考えてみれば、やはりスピリチュアルのほとんどは、「人間の都合で神を呼んでいる」ことが分かります。

つらいとき、苦しいときに、あるいは具体的には、恋愛とか婚活とか収入とか出世とか…、

あるいは、ぼんやりと「運勢」とか、そういう「現象としての結果論」を招き寄せるために、「神の名を呼んだり」「拝んだり」しているわけです。

ここのところは、「神の名」でなくても、なにかいかにも神秘的なものですね、「アカシックレコード」であったり、「多次元宇宙」であったり、「星読み」であったり、「ツインレイは…」とか、まあいろいろなパターンがあります。

つまり、

自己のこの世の安寧・幸運のために神秘的な力を引っ張ってこようとするスピリチュアル・パターンはすべて、「みだりに神の名を呼んでいる」

ということになります。

要するにこれは、

  • 人間中心の世界観か
  • 神中心の世界観か

という違いになるわけです。

結論的には、

「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない」とは、「人間の都合で神を左右しようとする態度を戒めている」ということ

になりますけどね。

さきに、「キリスト教、イスラム教(そして母体になっているところのユダヤ教)は王道スピリチュアル」と言いましたが、
*厳密に言えば、ユダヤ教は違うものが混じっていると考えていますが、この点は徐々に明らかにしていきます。

仏教も、一般の宗教学的には「神中心」とは言えませんが、しかし、やはり人間中心というわけでもなく、まず、「法(=ダルマ)が先立つ」という考え方ですね。

まあ、「法前仏後(ほうぜんぶつご)」と言ったりしますが、仏陀よりもさらに法が先立つ、ということで、順序としては、

 法>仏>人(=衆生)

という順番ですね。

つまり、「法中心の世界観」ということで、上記の分類で言えば、やはり「神中心の世界観」の立場に本質的にはたっていると言えるでしょう。

ということは、仏教、キリスト教、イスラム教の世界三大宗教は「神中心の世界観」を採用していることになります。

なので、覇道スピリチュアルに限って、「ブッダはね」とか「イエス様は」と軽く引用してくるのですが、(まあ記事としては当サイトも「仏陀は」「イエスは」と書いてはいますし、これからも書き続けていますが)、

真理を探求する者にとって、精神的な態度としては、「神」「仏陀」「イエス」のみ前において、五体投地しても足らない、というくらいの謙虚さが必要です。

また、実際に、それほどの認識力と立場の違いがあります。

じつは、「王道スピリチュアル」「覇道スピリチュアル」という呼称を今後使わないで、あらたに、「真理スピリチュアル」「呪術スピリチュアル」という呼称を使用していくつもりです。

というのも、「覇道とは失礼な!」といったご意見を「呪術スピリチュアリスト」の方からコメント頂いたことがありまして、

たしかに、差別知が強すぎる用語かもな、と考え直した次第です。

まあ、「真理」と「呪術」という分け方も充分、失礼なのかもしれませんが、他では使っていない当サイト(ネオ仏法)の造語ですのでお許し頂きたいと思います。

まとめますと、

  • 真理スピリチュアル:神中心の世界観
  • 呪術スピリチュアル:人間中心の世界観

ということになります。

そして、

「どうして、神中心でなければ真理スピリチュアルとは言えないのか?」という問いについて、別記事で、若干哲学的な方法論でご説明していきたいと思います。

その過程で、

なぜ、宗教で「信仰が大事」と言われているのか?

その根拠が、ある程度、理性的に明らかになってくるかと思います。

次回は、「ユダヤ民族は紙に選ばれたのか?」という選民思想ですね、このことをテーマにしてみます。

続き→→「ややふしぎなユダヤ教 – ②ユダヤ民族は神に選ばれたのか?

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