偶像崇拝はなぜ禁止なのか? – ユダヤ教・キリスト教・イスラム教でそれぞれ考えてみる

偶像崇拝 禁止

2001年3月、 偶像崇拝を禁じるイスラームを極端に解釈するタリバンが、世界的な仏教遺跡・バーミヤンの大仏を爆破しました。

バーミヤン

また、2015年1月、ムハンマドの風刺画を掲載した風刺雑誌「シャルリエブド」の本社(パリ)がイスラム過激派の影響を受けた移民家庭出身の若者たちに襲撃され、風刺画家を含む12人を殺害した事件もありました。

後者のほうは「ムハンマドを侮辱したから」という理由もあるでしょうが、両者ともに、ユダヤ教・イスラーム(イスラム教)の教えの中心にある「偶像崇拝の禁止」に触れているからであることは当然分かることです。

とくに日本のような多神教の風土に暮らしていると、なぜイスラームがここまで偶像崇拝(あるいは多神崇拝も)を敵視するのか、理解に苦しむところです。

でも、この議論は実は「神像を作ってはいけないのか?」「神様は沢山いらっしゃってもいいではないか」といういわば単純な(?)問題ではなく、実は「信仰(当サイト的には”真理スピリチュアル”)とは何であるか?」という根源的な問題に関わってくるのです。

その根源的な問題を明らかにし、さらにそこから偶像崇拝・多神崇拝を逆照射して観ることによって、イスラーム(セム的一神教)と他の宗教を共存させることを可能にする土台を作ることができるのではないか?と私は思っています。

本稿では、ユダヤ教・イスラームあるいはセム的一神教の文脈で、なぜ偶像崇拝がいけないことされているのか、そして、今後、偶像崇拝・多神崇拝についていかに考えておけばよいのかについての提言も含めて考えてみたいと思います。

なお、「イスラム教」という名称は近年少しずつ「イスラーム」という本来の用語に置き換わってきておりますので、本稿でも以下「イスラーム」の呼称を使用することにいたします。

目次

一神教、多神教の根本を探る

多神崇拝は「人間の都合で神を動かす」という発想

多神崇拝は古今東西どこの文明をみても彫刻・絵画などの”偶像”を作る傾向にあります。なので逆に言えば、偶像崇拝の根本には”多神崇拝”があると言っても良いでしょう。

ゆえに、偶像崇拝の問題を考えるためには、多神崇拝についてまず熟考する必要があるのです。

多神すなわち「なぜ、神様の数が多いのか」ということを考えてみると、それは、「人々の願い・欲求の数だけ神様が立てられた」と言ってもいいでしょう。

もちろん、きっかけとしては、さまざまな自然現象の神秘、畏怖感を神的存在に託したというのが始まりだとは思いますが、それは同時に、「豊穣を願う」「多産を願う」といった心情も神々への願いとして投影されていくことになりますよね。

なので、やはり、

  1. 人々の願い、欲求があり
  2. その願い、欲求の数・種類に応じて神々がたてられる

という順序であると言ってもよいかと思います。

それは平たく言えば、「人々の欲求に答えてくれる神様を期待している」ということであり、少しキツめに言えば、(発想の構造としては)「人間の都合により神を動かす」という図式になっていますね。

神々への思いの性質が尊崇・敬意・畏怖・感謝であったとしても、なぜそうした思いが出るかと言うと、「神様が願いを適えてくれるから」ということになります。

たとえば古代の戦争において、ある神様をたてて戦争に敗れた場合、その神様は神格を次第に失っていくことになるわけです。

なので、繰り返しになりますが、発想の構造としては、「人間の都合により神を動かす」ということであり、もっと単純に図式化すれば、

人間>神

というふうに、あくまで最終的な重要度は、神の欲求ではなく、人間の欲求のほうが優先されていることになります。

ここには、人間中心の世界観、「自我中心の世界観がある」というふうに言えます。偶像崇拝は、まさにこの自我中心の世界観の象徴なのです。

古代ユダヤ教 – 神中心の世界観へのコペルニクス的転回

ところが、古代のパレスチナ地方に一風変わった宗教が出現します。ユダヤ教です。

ユダヤ教はもちろん一神教として有名ですが、厳密な意味での一神教になるにはいくつかの段階を経ています。最初期の段階では「古代イスラエルの宗教」と言ったほうが良いでしょう。

ユダヤ教、あるいはユダヤ人が人類にもたらした革新性は、結論から言いますと、「神中心の世界観」と言えます。

ある神様を信じても、ありていに言えば「ご利益がなかった」場合には、その神様への信仰は薄れていくのが普通です。

ところが、ユダヤ人はヤーヴェ(ヤハウェ)を信じていながら、出エジプトの成功とダビデ・ソロモンの栄華の一時期を除いては、不遇の連続であったと言っても良いでしょう。

それにも関わらず、彼らはヤーヴェを捨てることなく、「神が悪いのではなく、契約を守っていない我々が悪かったのだ」という思想へ至りました。

もちろん、一貫してそのような思想を保持し続けたわけではなく、ユダヤ民族はけっこう浮気(?)をしています。

出エジプトの際も、モーセがきつく申し渡しておいたのにも関わらず、「金の子牛」の偶像を作って礼拝をはじめてしまい、モーセに怒られております。

また、バアルというカナン地方の豊穣の神に気持ちが移ったこともたびたびあります。

イスラエルの人々は主の日に悪とされることを行い、バアルに仕える者となった。彼らは自分たちをエジプトの地から導き出した先祖の神、主を捨て、他の神々、周囲の国の神々に従い、これにひれ伏して、主を怒らせた。(「士師記」2章11−12節)

それに対しては、預言者エリヤがカルメル山上でバアルの神官たちと「超能力対決」をして、ヤーヴェの優位を守ったのでした。

ちなみに、モーセの十戒で今回のテーマに直接関係している箇所は、十戒の2番目です。

あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。(「出エジプト記」20章4−5節)

新共同訳聖書

新共同訳聖書

そしてこの2番目の戒はその前の1番目の戒に密接に根拠づけられております。

あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。(「出エジプト記」20章1節)

まさに、

  • 一戒:「神中心の世界観」の宣言
  • 二戒:「自我中心の世界観」への戒め

という構造になっております。

そしてさらに、これらの補強として3つ目の戒があります。

あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。(「出エジプト記」20章7節)

この3つ目の戒については、別項で論じております。今回のテーマとじつはまったく同じですので、よろしければ参考になさってください。

*参考記事:「神の名をみだりに唱えてはならない」(十戒)のはなぜか?

「神が悪いのではなく、契約を守っていない我々が悪かったのだ」という思想、これこそが、「神中心の世界観」です。人間の都合で神を動かすのではなく、神の都合で世界と人間は在る、ということです。

この”一神教”とそれに付随する「神中心の世界観」こそがユダヤ民族が世界史に果たした最大の貢献と言っても良いかと思われます。

*参考記事:ユダヤ教には選民思想があるのはなぜか? – 神の世界計画を探る

事実、ユダヤ教を母体にしたキリスト教とイスラームは世界三大宗教の2つですし、世界の総人口67億人中、キリスト教徒がその約33%、イスラームが約20%と言われておりますので、この2つの宗教で世界人口の半数以上を占めていることになります。

キリスト教における聖像崇敬と偶像崇拝の違い

素人目から見ると、キリスト教会にイエスの磔刑像があったり、あとは正教会にはイコンがありますよね、あれって偶像崇拝じゃないの??と不思議に感じてしまいます。

そしてその不思議さはやはりある程度的を射ていまして、キリスト教史でも大問題に発展したことがあります。いわゆる、イコノクラスム(聖像破壊運動)です。

ビザンツ帝国の皇帝レオ3世という人が聖像禁止令を突然出したのです。

これはなぜかというと、ビザンツ帝国は地理的にイスラム帝国に接していましたから、イスラーム側から「イエスの像などがあるのは偶像崇拝だ、キリスト教はレベル低い!」みたいな感じで批判を浴びて、かつ、ビザンツ帝国でも、「そりゃそうだ」という思い直しがあったということなのですね。

これは東方教会では大論争に発展していきますが、西方のローマ・カトリック教会からも反発がきたのです。

というのも、カトリック教会はゲルマン人を教化するのに、聖像を使って効果をあげていましたからね。「今更、止められん!」というわけです。

これはのちの東西教会の分裂に少なからず影響を与えていきます。

その後、紆余曲折がありまして、結局、東方教会でも「聖像はあっていい」と言いますか、むしろ積極的に「聖像崇敬をしましょう!」という結論に落ち着きます。

なぜにそうなったか…?

聖像破壊令をいくら徹底させようとしても、聖像崇拝を続けたい人が跡を絶たず、キリがなかったというのもあります。

神学的には、神が人となったのがイエスであるのだから、「まことの神であり、まことの人である」イエスは聖像にしてもそれは偶像ではない、という論拠ができました。

…ただそうすると、聖遺物とか守護聖人とか聖母マリアとかどうなるのか…?という疑問も出てきますよね。ちょっと論拠としては危うい。

で、結論的には、「聖像崇敬(あえて「崇拝」という表現を避ける)は、像を通じて、原像である神を思い起こす貴重な機会である。聖像は偶像ではなくて、象徴なのだ」というあたりで落ち着いたと見ていいでしょう。

この「聖像は神の実在を想起するための象徴」という結論はじつに貴重で、本論であとで述べますが、これをセム的一神教における”結論”として、イスラーム側も認めたほうがいいと私は思うのです。

ちなみに、キリスト教でも、原点回帰的側面が強いプロテスタントでは、聖像を認めない傾向が強いです。

カトリックはたとえば、システィーナ礼拝堂のレオナルド・ダ・ヴィンチ作『アダムの創造』では「父なる神」まで描かれていますので、開き直り(?)が強烈な傾向があります。

アダムの創造

左がアダム、右が父なる神

セム的一神教の原点回帰運動でもあったイスラーム

さて、いよいよ、イスラームの方を見ていきましょう。

人は信仰によってのみ救われる。信仰のみが、よく人を地獄の劫火から救済するのである。多神の存在を信じるというshirk(多神崇拝、偶像崇拝)の大罪を犯さぬ限り、どんな罪を犯そうとも、アッラーと預言者ムハンマドに対する信仰を失わなければ、永遠に地獄に落ち込んでしまいはしない、必ず救われる。(『イスラーム思想史』第一部イスラーム神学(井筒俊彦)より引用)*太字は高田

イスラーム思想史

この引用は、イスラームの「ムルジア派」の思想を紹介した部分ですが、実際はムルジア派に限らず、イスラームは多神崇拝に対してはこのように「最大の罪」と厳しく断罪してきます。

イスラームの門外漢からすると、イスラームがなぜここまで多神崇拝を大罪視するのか、理解に苦しむところでありますが、やはり、偶像崇拝の根本に多神崇拝があり、それが信仰の根本に大きく抵触してしまうというのが理由です。

イスラームは、開祖ムハンマドにより、「アブラハムの宗教への原点回帰」を謳って興された宗教です。

ゆえに、ユダヤ教・キリスト教よりもよほど、原理原則に厳しいのですね。また、3つの宗教の中では一番論理的には筋を通している傾向があります。

そもそも、イスラームという言葉自体が、<唯一の神アッラーに絶対的に服従すること>を意味しています。

また、イスラームの信者を”ムスリム”と言いますが、これは<絶対的に服従する者>を意味するアラビア語です。

”絶対的”という語感から分かるように、やはりこれは、「神中心の世界観」なのです。

多神崇拝は、どうしても自分の利益ために神があるという、「自我中心の世界観」へ流れていく傾向があります。そして、神像などの偶像を刻み始めるという傾向があります。

これはこれで無神論よりはもちろんマシなのですが、本来的な信仰のあり方とは程遠く、またそれゆえに、本来的に人を幸福にする道ではないのです。

自我はつねに揺れやすく、その揺れやすいものを中心軸にしている限り、心の安寧を得られることはないと言って良いのです。

「アブラハムの宗教へ還れ」というふうに真の意味での”原理主義的”なイスラームからすれば、偶像崇拝はいわば、「唯一神への反抗、敵対行為」とみなされているわけです。

神(GOD)は本質的には、人間の想像や認識の枠をはるかに超えた不可視な存在であり、その不可視な存在を偶像という’形”で可視化することは背神行為に相当するとされているのです。

”自我中心の世界観”か”神中心の世界観”か、というのが問題の根本

偶像崇拝の根本には、「人のために神がある」という人間中心の世界観、当サイト(ネオ仏法)の用語で言えば、「自我中心の世界観」があります。

そして、自我中心の世界観は、都市型に「孤独を知り、心の内面の探求を始めた」進化型の人間にとっては、決して幸せになる道ではないのです。

なぜなら、人間・自我というものは、(みなさんも日々経験しているように)実にフラフラしているもので、”中心”すなわち原則にするほど「頼りになる」ものではないからです。

*参考記事:”自分軸”で生きるのが難しい人へ – スピリチュアル的”絶対軸”のススメ

それゆえに、フラフラしていない確固たる”原理原則”を中心に据える必要がある。それが宗教の文脈で言えば、”絶対神”ということになるわけです。

絶対神

原理原則であるがゆえに、それは”ひとつ”でなければならない。「あれも真理、これも真理」という複数ではまたフラフラしてしまうからです。ゆえに、絶対神は同時に”唯一神”でなければならない。

自我中心の世界観から脱して、神中心の世界観へ移行するメルクマールが「偶像を作らない」「偶像崇拝禁止」という掟に表現されているのですね。

このように「真実であるか否か」「本当の幸福論に値するか否か」という根本の世界観に関わるからこそ、セム的一神教、とりわけ「アブラハムの宗教」への原点回帰を謳うイスラームでは、偶像崇拝の禁止を徹底させているわけなのです。

ただ逆の見方をすれば、偶像崇拝禁止というのはひとつのメルクマールにしか過ぎず、それ自体に本来問題があるわけではない。そのことをイスラームは見逃しています。

”象徴”として絶対神、あるいは広く”真理””原理原則”に直結しているのであれば、神像を作っても本当は構わないのです。

古代オリエント地方では、その「自我中心の世界観」があまりに偶像づくりに直結している例が多かったがゆえに、人々に分かりやすいように「偶像崇拝は止めましょう」という掟に集約させていただけなのですね。

なので、”根本”を喝破しなければならない。

さらに、絶対神・唯一神であっても、それが時代や地域、民族性、つまりはTPOに応じてさまざまに顕現してくるという事実があります。

ある時あるところでは仏教という形で、別のときところではギリシャ哲学、あるいは、儒教という形で……といった具合です。

つまり、絶対神・唯一神は地上的に翻訳されるとき、表現形態としては”多神”に見えることもある。これも真実なのです。

ゆえに、認識の順序としては、まず、原理原則たる絶対神(絶対的真理)を認め、心の安寧を得て、それから他者への寛容のために、「神はひとつでも多様性をもって現れうる」という”多神”を認める方向へ行く、そして”象徴”としての神像・仏像も認める、ということです。

いったん、唯一に行ってから、表現としての多を認める。一の中に多が包含されている。

すなわち、一即多多即一です。

ここまで見通していくことが、イスラーム(セム的一神教)と、仏教・儒教などの他宗教(あるいはギリシャ哲学などの真理哲学も)が共存共栄していくための思想的基盤を提供していくための”核”になりうる。そのようにネオ仏法では考えています。

まずは、唯一絶対というブレない軸、「神的実在中心の世界観」を手にする。これによって、個として自立している(別の意味では孤立している)現代人も心の安寧を得ることができます。

そして、イスラーム側に提言しておきたいことは、「偶像崇拝禁止というのはあくまで古代オリエント地方における”自我中心世界観”への警告であったことを理解して欲しい。

神像・仏像そのものに問題があるわけではない。むしろ、神像・仏像が絶対的真理への”象徴”として機能することがある。

たとえば、仏像を通して仏陀とその法を念じる仏教というあり方もまた真実の宗教なのだ」という、より本源的な解釈です。

仏像

まず、神的実在中心の世界観に目覚め、次に、「神的存在は、TPOに応じてさまざまに多神的に顕現することもある」という認識の順序です。

まず、一(イチ)へ行き、次に、多へ帰ってくる。

一即多多即一です。

これこそが真なる世界観の獲得と同時に、宗教同士が相和していく道になっていくでしょう。

見えざる偶像崇拝

旧約聖書(ヘブライ語聖書)では、偶像崇拝を文字通りの目に見える偶像には限定していません。

もちろん、一義的には、刻んだ像、目に見える偶像のことではあるのですが、それにとどまらず、人間が生み出すさまざまな欲望も問題とされているようです。

宗教改革者ジャン・カルヴァンは「人間の心は、まさしく偶像を作り出す工場である」という言葉を残しております。

また、クルアーンにも

あなたは自分の思惑を、神として(思い込む)者を見たのか。(『クルアーン』25章43節)

とあります。

*参考文献:『一神教とはなにか』(小原克博著)

一神教とはなにか

また、イギリスの経験論哲学者フランシス・ベーコンは、人間の真なる認識を阻む「4つの偶像」というイドラ説を唱えました。

*参考記事:4つの”イドラ”の意味とは? – フランシス・ベーコンの英知に学ぶ

このように、外目に見える偶像というのではなく、私たちの真なる認識・世界観を惑わすものこそ、破壊すべき”偶像”とし、「偶像崇拝」というものをより内面化したものとして捉えていくことが肝要でしょう。

そういう意味では、表面的な違いにこだわり、他宗教を排撃するような思想・信条を奉じることもまさしく「偶像崇拝」と言えるのではないでしょうか。

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