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自己価値の実現 – 「心イコール自分」を理解する

自己価値の実現

当サイト(ネオ仏法)のミクロの悟りを体系的に記述した記事、「人生の意味とミッションとは? – 最勝の成功理論を明かします」はもう読まれましたでしょうか?

ある意味、「死ぬ前に、これだけは押さえておきましょう!」という大事な記事です。

まだ読んでいない方はぜひチェックしてみてくださいね。

また、真理スピリチュアルを他人様に伝えて、功徳を積んでみたい!という方は、この記事の順序でお伝えすると、分かりやすいかと思います。

読者のなかには「ネオ仏法の記事をプリントアウトして知り合いに配っている」という方もいらっしゃるようです。

「自分でしゃべるのはまだちょっと…」という方は、そういうやり方でも良いと思います。「こんな考え方があるみたいなので、ちょっと読んでみてー」みたいな感じですね。

何度か申し上げていますが、こうした魂に関わる真実を伝える行動は、この世では金銭には換算されることがないかもしれませんが、

実際の、実在世界から見た「仕事量」は、この世の普通の仕事は計り知れないくらいの差があります。

こうした仕事(質×量)は物理学的な法則に則っていますので、1ミリたりとも過つことなくカウントされています。

自己価値を上げるには、「心の内容」を上げていく以外にない

さて、

結局、人間の本質が、「実存エネルギー」であるとするならば、

自己の価値を本当の意味で上げていくためには、まさしく、「実存エネルギー部分」を高度なものにしていくことしか方法はない、ということになります。

そして、では、「実存エネルギー部分ってどこ??」という問いに対しては、要は、「心だけ」という答えになります。

心だけ

これはすごくシンプルかつ大事な話なのですが…、

この世で生きているうちに得た物質的なものは全て、実在界(あの世)に持って還ることはできないのですよ。

財産も肩書も地位も名誉も、ある意味、美貌もそうです。

ところが、普通の人は、持って還れないものにこだわって一生を過ごし、反対に、持って還れるもの=心に無頓着に生きているわけです。

ここに「自己価値観」のそもそもの勘違いがあります。

「そんなことないよー」と言われるかもしれませんが、

では、今日一日、思ったこと・考えたこと、をどれだけ意識できていますか?

行動面はとりあえず置いておいて、まあ、「心の内容」ですね。

「今日一日、どういうことを思って、どういうことを考えていたか、どういう感情になっていたか?」

ほとんどの人が心の内容を振り返ることなく、ただ、仕事や友人関係に「反応」するだけで、1日を過ごしています。

反応は、英語で、Response(レスポンス)と言いますが、「反応するだけ」では、文字どおりの、Responsible(レスポンシブル)=責任を持っている、ということにならないわけです。

真理スピリチュアル的には、

  • 心=本体
  • 肉体=乗り物

という公式が成り立ちますけど、

毎日のように身体はお風呂に入っているのに、心を振り返らない、という状態、

すなわち、内観をしないで毎日を過ごすというのは、これは、「乗り物だけ洗っている」という状態で、「愛車は毎日、せっせと洗車しているのに、自分自身は1ヶ月お風呂に入ってないや」というのと、本質的には同じことなのです。

洗車

まずは、「心を意識してみる」、という練習が大事

そういうわけで、まず大事になるのは、心を意識してみること、ということになります。

般若心経の冒頭付近で、

照見五蘊皆空(しょうけんごうんかいくう)

とありますが、

五蘊(ごうん)というのは、仏教書を読むと、「色・受・想・行・識」(しき・じゅ・そう・ぎょう・しき)と書かれています。

そして、さらにそれぞれの意味は、

  • 色…肉体
  • 受…感受作用
  • 想…表象作用
  • 行…意思作用
  • 識…認識作用

などと解説されていて、この時点で「わ。面倒くさくて、関係ないわ」と思いがちですが、、

この五蘊が、「ほんとうにそうなってるの??その順序なの??」と、ちょっと自分を使って実験してみると良いです。

ちなみに、

  • 色=肉体
  • 受・想・行・識=心

とざっくり分けると、まず分かりやすくなります。

たとえば、朝、雀の声が聞こえたとします。

雀

これはまず、「色(=肉体)の耳の部分ですね、これがあるから聞き取ることが出来たと。

そして、

鳥の声が耳に入ってきて、「心地よいな」というふうに感受します。これが「受」ですね。

次に、なんの鳥だろう?とか、想像を始めます(というか、一瞬の間だったりしますが)。これが「想」ですね。

さらに、「もうちょっと聞いてみよう」とか、「窓を開けてみようか」とかの、意思が生じます。これが、「行」です。

そして、

雀の声から、いろいろ連想してみたり、「やっぱり自然はいい」とか、、

外の雀の声から、次第に、自分のなかの「観念」そのものに意識が行きます。

これが「識」ですね。

まあ実際は、「色→受→想→行→識」と、ゆっくりと経過するわけではなく、この5つの連なりが一瞬で起こったりしますので、ほとんど意識することはありません。

ただ、上述したように、

「どのような順序で、心の内容が生起しているのか?」と確かめてみることも、「心を意識してみる」という練習になります。

今、流行りのマインドフルネスなどは、こうしたことを丁寧にやるわけですね。

「聞こえている…聞こえている…」と言語化して念じたりします。

「サティを入れる」とか解説されていますが、サティ=念、ですね。

私は必ずしも、マインドフルネスが万能であるとは思っていませんが、とりあえずは、「こころを意識してみる」という意味でも有効な方法だと思います。

マインドフルネスについては「実践の仕方」も含めて、下記の記事で詳述していますので、参考になさってください。

*参考記事:マインドフルネスで、うつ・不安障害を解消する効果的なやり方

まとめ

とりあえず、今日の内容としては、

  1. 現象界(この世)と実在界(あの世)で一貫して「自分」と言えるのは、「心だけ」
  2. ゆえに、「心を高める」しか、自己価値を実現する道はない
  3. そのためには、まず、「心を意識してみる」ことが大事
  4. むずかしい仏教用語も、自分に当てはめて検証してみると、心の意識化の練習になる(そして、仏教用語も覚えられる・笑)

ということでした。

2件のコメント

コメントありがとうございます♪

その通りだと思います。
菩薩の修行をするとは、菩薩のさきにある仏陀の悟りを目指すということです。
方向性があるわけですね。

これは、「神の義を求める」こととまったく同じです。

「仏教的修行論+キリスト教的恩寵論」は最強の魂の向上の原理だと思います(^^)

 とても分かりやすい記事をありがとうございます 私は今まで,心以外のことにこだわって,今までそこに自らのアイデンティティを見出そうとしていました。でも,心そのものが私自身であり,心の価値が私の価値であるならば,地上の金銭や所有物や,人の評価,名声などはどうでも良くなりました。私はクリスチャンなのですが,「神の国とその義とをまず第一に求めなさい」という聖句が大好きです。これは,言い換えると,「地上のことに執着するのではなく,永遠なる神の国のためにその生涯を捧げなさい」という意味だと思います。そしてネオ仏法的には,神の国とその義を求めるとは,自らの心の価値を上げる(大勢の魂を善導する天使になるための修行をする)ことだと理解しました。

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