“メメント・モリ”で、最強の楽観主義者になる

メメント・モリ

つねに死を意識することは「強さ」

メメント・モリ(羅: memento mori)は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」、「死を忘るなかれ」という意味の警句。(ウィキペディア)

メメント・モリ、すなわち、「死を想う」ということは、なんだか弱気なイメージがありますが、そうではなく、この人生を価値あるものとして生き抜いていく上で必須の哲学である、とネオ仏法では捉えています。

釈尊、ハイデガー、マーラーにみる”オプティミズム”

そもそも釈尊は、「生老病死」を始めとする四苦八苦を超克する道を求めて出家されたのでした。

「生→老→病→死」という順になっている通り、重点は最後の「死」に置かれています。

老いる苦しみも病いの苦しみも、それ自体が苦しいという側面はあるものの、やはり、「死へのおそれ」という感情面での苦しみですね、ここが一番大きいと思われます。

このように、生老病死を見つめつつ、「苦しみの原因は自我にあり、自我意識に基づいた執着を断つべし」と説いた釈尊の仏教を「ペシミスティック(悲観的)な宗教」と捉える向きもありますが、そうかんたんではありません。

宗教学者のエリアーデはここらへんをさすがに見抜いていまして、

「一切皆苦」という命題は、ペシミズムどころか、救済が可能であることについての確信に裏打ちされており、ここにむしろ、オプティミズムを見るべき
*ペシミズム=悲観主義、オプティミズム=楽観主義

と述べています。

要は、「オプティミズムの準備としてのペシミズム」とも言えるでしょう。

実際は、死を意識することなしには本当の意味での不死は見つかりません。

不死を願うのは人間の本能ですが(自殺ですらその反転形です)、死を見つめることのない不死は、たとえば、会社の永続や死後の名声、子孫の繁栄への執着など…、

間違った不死といいますか、これは虚しい不死ですよね。これらはみないつかは過ぎ去っていくものです。

ふつうの人は、死を見て見ぬ振りしています。

なので、死をはっきりと見つめるのは、これは弱さではなくて、強さであり、釈尊のように死から出発して思想を構築できるのは、人類最高の強者の証とも言えるでしょう。

ハイデガーの実存主義哲学も、「”死への先駆”によって現存在は、”非本来性”(日常性)から”本来性”へと移行する」ということで、

哲学用語に慣れてないと何やら難解・深遠ですが、要は、

「死を今のうちに意識しましょうよ(=死への先駆)。そうすれば、人間(=現存在)いつかは死ぬという限界を意識することになるので、これが逆に、無限の価値を考えるきっかけになります。それが、”善く生きる”といった人間本来のあり方(=本来性)に目覚めることに繋がっていくのです」

と言う…、解いてみると身もふたもないことを言っています。

もし、死を意識することで本来性を回復し、その回復こそが本当の”自己価値”であるならばどうでしょう?

それがコロナ禍であれ、非本来性のまま一生を終わってしまうよりは、本来性を獲得する契機になったということで、魂のトータルで見れば善へと転化していくことになります。

追い込まれないとなかなか本質に気づかない。夏休み終わりを意識しないと宿題をやらない。

まあ、そういうことですよね。

芸術家で言えば、長大な交響曲で知られるグスタフ・マーラーもそうです。

彼も長らく、「死を過度に恐れ…」と音楽評論に書かれ続けてきましたが、最近は、「そうではないのではないか?」という研究も出てきました。

前島良雄氏の研究により、従来の常識をくつがえすマーラー像が提示されています。
*『マーラー 輝かしい日々と断ち切られた未来』(前島良雄 著)

マーラーほど「葬送行進曲」や死のテーマを交響曲に取り入れた作曲は見当たりませんし、それも相まって「過度に死を恐れるマーラー像」ができていたのですが、

しかし、マーラーのように、世界をまるごと把握しようとする音楽家にとって、致死率100%の実存である私たちの人生を考えるとき、「死」は世界と世界の背後にある世界(?)を把握するに当たり、避けることのできないテーマであったのでしょう。

マーラーはとてもネオ仏法に相性の良いアーティストであると考えていますので、別稿で取りあげるつもりです。相当に霊格の高い方だと思いますよ。

『七つの習慣』はまず、「3つの習慣」で取り組む

世界的ベストセラー、『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー 著)の第2の習慣も「終わりを思い描くことから始める」です。

完訳 7つの習慣

終わりとはむろん自身の死のことです。

第2の習慣では、自らの葬儀の場面を思い浮かべ、「参列者にどう思われたいか?言われたいか?」を想像していきます。

それによって自身の「人生のテーマ」を発見していくというプログラムになっています。

『七つの習慣』のはじめの3つは、

  • 第1の習慣:主体性を発揮する重要事項を優先する
  • 第2の習慣:終わりを思い描くことから始める
  • 第3の習慣:重要事項を優先する

です。

これら3つは適当な順番で並んでいるのではなく、論理的かつきわめて戦略的な順序で並べられています。

すなわち、

第1の習慣で自らの現在位置と未来への推進力を手に入れ、第2の習慣で目的地を手に入れ、第3の習慣で、現在位置→目的地にいたる時間配分を考えていく、という順序になっています。

第1の習慣〜第3の習慣までが、仏教で言うところの”自利”に相当しているでしょう。

第4の習慣以降で自利利他の段階に入っています。

なので、まずは、第1〜第3の習慣を文字通り、習慣化することが肝要です。

私自身も、数ある自己啓発書のなかで、この『7つの習慣』ほど得るものが多い書物を知りません。

第2の習慣は、目的地をゲットするという、人生戦略にとって絶対に外せない習慣です。

そういう意味でも、やはり、メメント・モリ=死を想うことがいかに大切か、分かることと思います。

『7つの習慣』については、過去の記事でも何度か取り上げた記憶がありますが、いずれシリーズ化して採り上げてみるつもりです。

もっとも『7つの習慣』では、現象界を超えた人生戦略までは行きません。

もし、人間の生命が現象界に限定されるものでなく、実在界へ続いていくものであったら…?

これは、「自らがどのような魂になりたいのか?自問自答していく」という超長期戦略を採らざるを得ません

少なくとも、「現世で成功したけれど、来世では地獄でした…」となっては、これは失敗した人生戦略になってしまいます。

メメント・モリによって真実の世界観と自らのミッションを獲得すること。

死をみつめたさきに、「私たちの人生は肉体の死で終わるものではなく、輪廻のなかでかならず報われていく」という超オプティミスト(楽観主義者)になることが肝要

というのが今回の結論です。

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